一.ザ・マッド・カプセル・マーケッツ
好きなものを挙げるより、苦手なものを挙げた方が楽。食べ物も音楽も同じ。当然何でも摂取した方が健康にいい。数年前からじわじわとブルースを克服しつつあるので、苦手なものはハードロックとヘビメタくらい。ハード「な」ロックは大好物なのに、なかなかうまくいかない。もちろんヘヴィーなロックも好きだし、メタリックな感触の音楽にも目、もとい耳がない。いつの世もジャンル分けって難しい。
マッド・カプセル・マーケッツは衝撃的だった。町田町蔵(現・康/芥川賞作家)率いるINUによる、日本語パンクの名盤『メシ喰うな!』(‘81)や、スターリン、暴威を彷彿させる楽曲に、前身バンドでレッチリ来日公演の前座を務めたという逸話。完成度の高いデビュー盤『HUMANITY』(‘90)を聴いて一発でやられた。
こういう場合、得てして陥落する。ストック切れや実力不足。何度もそんなパターンを見てきた。でも彼等は違った。確実に進化を遂げ、最終的には海外でも高い評価を得る。しかも国内での支持を失うことなく。これ、間違いなく最高の進化形。
個人的にはデジタル化寸前の過渡期がピーク。質感がメタリック。痺れた。海外ツアー敢行、世界ライセンス契約後の方が数値としてのメタリック度数は高い。ただ過渡期ならではのバランスは、永続しないからこそ魅力的。記録より記憶。アルバムなら五枚目『MIX-ISM』(‘94)。日本語パンクのフォーマットがデジタルに侵食されていく過程が心地いい。
シャレてる店は大変だ。大概余計に突っ走って陥落する。これ以上やり過ぎない方が……というタイミングになかなか気付かない。女優の整形と同じ。
螺旋階段を下りた地下に恵比寿「Y」はある。創業七十余年の酒屋さん。昔は角打ちやってなかったから、普通に酒を買って歩行飲酒。常備していた肴は粒マスタード。懐かしい。
角打ちタイムは夕方から。中にカウンター席もあるが、呑むのはいつも店の外。螺旋階段の下。メタリックな壁がシャレている。でも所々に散見される庶民テイストが、鼻につきそうなシャレっ気を緩和する。フルボトルのスパークリングを頼む角打ちは此方だけ。
【プロレタリア/THE MAD CAPSULE MARKETS】
二.キング・クリムゾン
バランスの取り方は様々。こっちで○があっちじゃ×、はよくある話。量が多けりゃいいわけでもない。
江戸川橋の駅からほど近い酒屋さん「I」、外観はメタリック度数ゼロ。こんばんは、と中に入る。店の真ん中には卓一台。メタリック、見当たらず。ビールの銘柄を告げると「そこに……」と示されるのは業務用冷蔵庫。唐突にメタリック。ノスタルジックな店内とのバランスが最高。タコハイシールが貼られた扉を開けると、中がまた格好いい。缶ビール、缶チューハイがぎっしり。本当綺麗に並んでいて二度目のメタリック。
キング・クリムゾンもまた進化する。二度の解散を経た九十年代、自ら「ヌーヴォーメタル」と名付けたヘヴィーサウンドを轟かせる。これがとてもメタリック。
中心となるアルバムは『スラック』(‘95)。別にメタリックづくしではない。真逆。静寂との対比が素晴らしい。三人ユニットを二組擁した「ダブルトリオ」体制ならではの迫力、そして混沌が静寂を放置しておかない。いつも震えている。
粗削りな部分を凝縮したミニアルバム『ヴルーム』(’94)や、ライブにおけるインプロヴィゼーションだけを抜粋/拡大させた『スラックアタック』(‘96)も同様にメタリック。
【Vroom / King Crimson】
三.アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン
改めてメタリックとは、「金属的であるさま」。だったら工事現場の騒音で充分だろう。まあ、一理ある。でも一理だけ。騒音がつまらないとは思わない。ただ聴かれる為の騒音は自覚的でなくっちゃ。無自覚に発生した騒音なら、それを意図して切り取らないと冗長で退屈なだけ。
昔々、ベルリンに大きな壁があった頃のお話じゃ。西ベルリンのクロイツベルクには廃墟がたくさん残されておった。そこで結成されたのが、楽器を買うお金がないから拾った金属で演奏するノイズ・グループ、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン! 舌を噛んだ御褒美に教えてやろう、「崩壊する新建築」という意味なんじゃ――。
西ベルリンのノイズ・バンド。なんて魅力的な響き。その分期待値は上がる。前評判も高い。ただ義務教育を終えたばかりの耳には少し難解だった。デビュー盤『コラプス』(’81)。機械音と絶叫とメタル・パーカッションに塗れた楽曲の凄さは分かったが、聴き方が分からない。メタリックというか金属音。でも退屈ではないので喰らいつく。結果、二枚目『患者O.T.のスケッチ』(’83)、三枚目『半分人間』(’85)と聴き進めた。毎日聴く音楽ではない。それでも未だに聴き続けるのは、理解できない魅力的な何かがあるから。
客あしらいがエグいオネエサンがいる――。個人的にこの前評判はアリ。俄然興味が湧く。期待値も急上昇。場所は南千住。馴染みの店の帰りに寄ってみる。名前は「O」。電車の中から看板は何度も見ていた。扉の前に立つ。「焼酎ハイボール200」の貼紙。ありがてえ、と店内へ。オネエサンと御対面、大きなカウンターに座って例の200のヤツを注文。別に怖い人ではないが、クセは強い。五、六百円で領収書を頼んだ隣のオジサンは、「この値段で書いたの初めてだよ」とやられてた。
あれ以来、時々顔を出す。オネエサンのツボはまだ理解できない。でも魅力的。もちろん当てられたこともある。壁の短冊を見ていたら「なに? 私の顔を見てんのかい?」。そんな時、店の雰囲気は一瞬だけメタリック。
【 Einstürzende Neubauten’s Old PV】
寅間心閑
* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月19日掲載です。
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