テレビ朝日
木曜21:00~
【出演】
米倉涼子、西田敏行、草刈正雄、岸部一徳、内田有紀ほか
【脚本】
林誠人、寺田敏雄、香坂隆史
【音楽】
沢田完
最終回はすごい視聴率だったらしい。医療ドラマの衰退が言われて久しいが、まだまだどうして、というところか。生死を扱うドラマなのだから、ドラマチックに作れないわけはないので、衰退させる方がどうかしているとも言える。衰退したと言われる原因に、リアリティのなさが挙げられる。医療関係者でなくても、そのあり得なさに鼻白むことは以前から多かった。
リアリティのなさと言えば、このドラマもまたそうだが。主人公のキャラクターの魅力がリアリティのあるなしを超える、ということはあるだろう。女版のブラックジャックというところだ。手術・施術については経験すなわち回数がものをいうので、どんな手術でも専門を問わずに完璧に成し遂げる医者というのはあり得ない。また神の手を持つ医者の施術が高額だというのも実情から外れている。
すなわち高額であれば、患者の数が限定される。数少ない患者しか診なくなった医者は腕が落ちる、というわけだ。保険のきかないセレブ向け自費医療が、標準医療に比べてかえって危険なことがある、というのは知っていていい。それはむしろ健康体であるときの贅沢な趣味、と割り切って考えるべきかもしれない。医療の世界にとって、金銭以上に価値があるのは症例、ということもある。
世界が違えば価値観が違う、ということだ。金銭はどの世界でも通用する共通の価値としてはわかりやすい。病院も医者も金欠では困り果てるが、それは医療行為自体を続けられなくなるからだ。医者がすべて熱心な善意の人だと言いたいのではなく、その業界で通用する価値観から抜けるのは、誰にとってもむずかしい、ということだ。だから金銭にこだわる医者がアウトローだというのは正しい。
つまりはテレビドラマにはテレビドラマの文脈、それを作る人と観る人たちの価値観があって、そこで突出した魅力があれば、医療的なリアリティは問題にならない、という場合もある。「わたし、失敗しないので」と白眼を剥いて言い放つ大門未知子は、確かに価値あるキャラクターだ。もちろん手術の成功、失敗はそう単純ではなくて、成功したから5年先に生存しているとも限らないが。
そのように毒気のある、そして力のあるキャラクターが自ら病いに倒れるというのは、確かに数字がとれる設定だろう。あの医療ドラマの名作『白い巨塔』で、主人公の財前医師が胃がんに侵されていたのを思い出す。『白い巨塔』の財前五郎は、大門未知子と正反対に大学病院の権威に首まで浸かり、政治に気を取られて医療ミスを犯し、なおかつ自身の権力でそれを揉み消そうとする。
大門未知子が反権力の、そして絶対にミスをしない正義の象徴なら、『白い巨塔』の財前五郎は悪の権化だろう。だが手術の成功と失敗同様に、人間の善悪というものもそう簡単には決まらない。決まらないけれど、ドラマの中でくらい、ぴたっと決めてほしいという気持ちもある。「わたし、失敗しないので」と大見得を切る姿を、我々はやはり見続けたい。大門未知子には死なれては困る。
『白い巨塔』リメイク版では、財前を娘婿にむかえた開業医が彼の死の床で「わしが頑張れ、頑張れ言うたからだ、ごめんな五郎ちゃん」と泣きむせぶ場面が最大の泣かせ所だった。その名優・西田敏行が今回は、対立する権威のトップであり、メロンとともに届けられた大門未知子の手術フィーの請求書に腰を抜かすという役回りである。確かにここには別の価値観があるのだ。
田山了一
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