5月号の特集は『総力特集 城 名城の春がやってきた!』でござーますわ。キャッスルじゃなくて、「お・し・ろ」よああた、日本のお城なのよ。でも『グラビア随想』に、アテクシの大好きな松本城が入っていないわっ!。あのお城、姿も中身も素敵なのよ。お城というと、みなさま天守閣をご想像になるわよね。あれは戦(いくさ)のときに立てこもるための最後の砦でございますの。
だから有栖川有栖先生が万城目学先生との特別対談『大坂城への愛を叫ぶ』で、「姫路城の弱点は炎上してないことです」とおっしゃったのはとっても正しいですわ。松本城の天守閣に上れば、ここは住む場所じゃないっておわかりになるはずよ。江戸城は幕末に天守閣が火事で焼けてしまいましたが、もう戦のない太平の世になっていたので再建されませんでしたわね。戦国の世では事件は天守閣で起こり、太平の世では城内の平屋の御屋敷で起こりますの。殿方は天守閣的物語がお好きですが、女子は平屋で起こるささやかな事件も大好きよ。とゆうわけで、今回はまったり赤川次郎先生の作品を読みましょうね。あら、アテクシの文章、ちゃんと意味がつながってるかしらっ。
「どれが誰だって?」
と私は言った。(中略)
アイドルグループといっても、わたしが若かったころは、せいぜい三人か四人ぐらいのものだった。それならすぐに顔も憶え、見分けられる。
それが今、ステージで飛んだりはねたりしながら歌っている少女たちは十五人!
その一人を見分けろと言われても、とても無理だ。
『落ちた偶像』は、赤川先生の読者なら御存知の、宇野警部と彼の20歳年下の恋人、永井夕子が活躍する推理小説『幽霊シリーズ』の一つでございます。誰が見ても先生がモデルにしていらっしゃるのはAKBですわね。先生、ちゃんと流行をおさえていらっしゃる。このアイドルグループの矢川アンヌの父親が、ピストルを使った殺人事件を犯します。殺されたのはアイドルグループの元リーダー・阿部千代子で、彼女は矢川の恋人でした。矢川はピストルを持ったまま逃走します。母親はすでに亡くなっていて、矢川の身内はアンヌだけなので、警部と夕子は警護のためにアイドルグループのコンサート会場にいるわけです。で、矢川はちゃんとコンサート会場に現れます。
「矢川! それを捨てろ!」
と、私は怒鳴った。
「刑事さんですね」
と、矢川はアンヌのそばに膝をついて、「ご心配なく。――私は自分を撃って、けりをつけます」(中略)
「お父さん、やめて!」
「アンヌ・・・・・・」
「私は・・・・・・大した傷じゃない。死ぬのなら、先に私を殺して」(中略)
「いけません」
夕子がステージに上がって来て言った。
「娘さんと心中なんて。アンヌさんには未来があるんです」
「しかし・・・・・・」
「千代子さんを殺したのはあなたです。でも、そうさせた人間がいるでしょう」
矢川は確かに千代子を射殺しましたが、千代子は別の男とも付き合っていました。アイドルグループの社長・麻倉の腹心で、評論家をしている三田です。千代子は三田の子供を妊娠していました。三田はそれを隠すために、矢川に千代子のお腹の子は君の子供ではないんだと告げてピストルを渡します。もちろん自分が妊娠させたとは言いません。その上、千代子を殺せばアンヌはもうアイドルではいられなくなるので、2人で心中するようそそのかしたのです。警部と夕子はコンサート会場に着くと社長の麻倉に挨拶に行きますが、そこに三田もいました。つまり警部と夕子、麻倉、三田、アンヌが揃っているコンサート会場に矢川が飛び込んできて、いきなり物語はクライマックスと大団円を迎えるわけです。
赤川先生のお作品では謎めいた殺人事件が起こり、その謎が解かれ、そのうえ親子や夫婦、恋人同士の人情まで描かれます。初めてお読みになる方は、ちょっと書き込みが足りず、物足りないとお感じになるかもしれませんが、推理小説に必要な要素の全部が詰まっています。しかもそれが、わずか20枚!ほどの小説で描かれているわけです。世の中の推理小説のほとんどは、赤川先生のお作品に緻密なトリックを加え、登場人物の心理を詳しく描写したものだと言ってもいいと思います。
それにしても、赤川先生のお作品の魅力って、どこにあるんだろうと考えてしまいますわね。赤川作品は、雑誌より文庫本で読む方が気持ちがいいのでございます。それもどーんと何冊か積み上げて、ずんずん読んで行くのがよろしゅうございますわね。1、2冊読むとクセになって止まらなくなりますことよ。なにかとっても年をとって落ち着いた気分になっていまいりますの。
ときどき先生は、小説というものの可能性を、もう見切ってしまわれ、天上から達観して作品をお書きになっているのではないかと感じることがございます。もう小説の新しい可能性などなにひとつなく、すべては月の満ち欠けに似た繰り返しだとおっしゃっておられるような。
だから先生のご本は、なにもしたくないとき、なにもすることがないときに読むのがよろししゅうございます。たとえば1人で温泉に行って、ぼーっとしている時なんかに。でも頭はしゃっきりさせておいた方がよござんす。そうしないと熱くも冷たくもなく、ただサラサラと続く先生の作品の魅力を感じ取れなくなってしまいますわよ。先生の作品は久遠の文字の流れなの。リラックスしてるけど、まだ自分が生きていて本を本でいることを確認したいなら、歯にしみるほど冷たいライトビール片手がアテクシのお勧めだわ。
佐藤知恵子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■