第2回 辻原登奨励小説賞受賞作家・寅間心閑(とらま しんかん)さんの連載小説『証拠物件』(第10回)をアップしましたぁ。五章上編です。主人公のコウタは心理的にどんどん追い詰められてゆきます。小説技法的に言えば、大衆小説ではツカミに事件一回、中盤で一回、大団円で一回事件を起こすのが定番です。だけど『証拠物件』では大きな事件は一回しか起こっていない。この小説、面白いですが純文学心理小説です。
二日連続して同じ夢を見た。俺は普段あまり夢を見ない方だから、少し気味が悪かった。短い夢だ。
高校生の俺が教室に一人でいる。そこにシュンジが来て、俺のためにと黒板の前で歌を歌ってくれる。知らない歌だ。「君が代」みたいだと思うけれど、すぐに違うなと気付く。
その途中でボスが来て、シュンジと一緒に歌い始める。学生服を着ているわけじゃないのに、二人とも確実に高校生だ。妙な感覚だ。最後にサキエさんが来て、隣りに座りその歌を聴いている。もちろん彼女も確実に高校生だ。正確に指で拍子を取っていて、俺はどこか嫌な気持ちになる。
それだけの夢だ。
意味もよく分からない。夢占いを出来る奴がいたら尋ねてみたい。ただ、その夢の中で俺はずっと不快感に包まれている。その理由もよく分からない。しかも二日連続だ。
「君が代」みたいなシュンジとボスの歌が気にいらないのか、正確に拍子を取っているサキエさんに対して文句があるのか、よくは分からないが強烈な不快感だけは起きた後も引きずっていた。
(寅間心閑 『証拠物件』)
コウタが憧れ、振り回され続けたボスのような人って実在しますねぇ。いっけんスマートに見える。頭もそれなりに切れる。つーか切れ者のようなフリをするのがとても上手い。確かに友達とか人脈作りに才能がある。そういった人たちを集めて、自分の利益のための安全保障地帯にするからボスと呼ばれたりする。だけど化けの皮が剝がれると、とてつもなく醜悪な姿が見えてくる人であります。
誰がなんと言おうと、世界中を敵に回そうと、〝あいつはニセモノだ〟っていう人はいたりします。そういう人が、なぜか一定の社会的評価を受けていたりする場合はどーすればいいのか。答えは簡単で、世界全部を敵に回しても自分の判断を信じることです。コウタのように、利害関係がない子供の頃から付き合っていれば、相手の本性の底の底まで見えるからです。『証拠物件』は純文学的ビルドゥングスロマンでもあります。
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