今月号の表紙にドーンと印刷された特集タイトルは『エロスの小宇宙! 短篇小説百花繚乱』でござーますけど、カンバンにイツワリりありですわねぇ。目次を見ると『短篇小説百花繚乱』と『エロスの小宇宙』(なぜか目次では「!」マークなし)にわかれております。しかも夢枕獏、小池真理子、風野真知雄先生などの作品は連載じゃございませんか。
アテクシきっちりした性格なので、こういうの、イヤでござーますの。目を引くキャッチですけど、表紙特集名と目次特集名が違うなんて、『オール』とあろうものが素人臭いですわよ。それにあさのあつこ先生の『花散らせる風に』に、『時代小説の官能!』ってコピーを付けるなんて、強引すぎますわ。編集部主導で作家先生にお作品を依頼して特集を組むのなら、細部まできっちりおやりになってくださいませんことっ。プンプン。
でも7ページの超短篇でございましたけど、筒井康隆先生のお作品を読めて幸せでしたわぁ。『横領』という作品でござーますの。田嶋という上司の下で、脱税やマネーロンダリングの仕事を手伝っている津田が、田嶋の愛人で、でも今は自分の恋人である綾香と図って田嶋の悪事を警察に密告して彼をおとしいれるお話しですの。
「立てない」田嶋が情けない声で言う。「君たちはおれを見捨てるのか。君たちには何も失うものはないんだ。そうか。やっぱり君たちはできてたんだ」大声を出しはじめ、蟇口のような口をして田嶋は言った。涙と汗で顔中をぴかぴかに光らせていた。
「行きましょう」田嶋に危険を感じたらしく綾香が立ちあがった。田嶋を見捨てる気でいることがはっきりした。
田嶋は綾香の二の腕をつかんだ。「ここにいてくれ」泣いていた。「津田君。津田君。津田君」
ゾクゾクしちゃう。筒井先生のファンのかたならおわかりですわよね。全盛期の筒井先生なら、ここから強烈な神経症的強迫観念の世界が始まるわけですが、そうなっていなくてもかまいませんの。純粋読者は今の筒井先生のお作品から、先生の過去のすべてのお作品を思い出すことができますの。アテクシ、どんな作品でもかまいませんから、先生の次の作品を楽しみにしておりますゎ。
『オール』の巻末作品は、このところ夢枕獏先生の連載小説『陰陽師』ですの。平岩弓枝先生と並ぶ『オール』の顔といっていい先生でございます。貘先生はまだ走り続けておられます。今月号は『夜叉婆あ』というお作品ですが、登場人物が走っているシーンから始まります。
夜の山路を、ふたりの男が駈けているのである。
先を走る者は、鉈(なた)を手にしている。
後から走る者は、弓を手にしている。
何者かに追われているのか、ふたりは、時おり後ろを振り返り、必死の形相で駈けているのである。
ふたりは、兄と弟であり、兄が鉈を手にして先に走っている多人(たびと)である。後から駈けているのが、弟の真人(まびと)である。
月明かりはあるのだが、杉の梢が路の上に被(かぶ)さっていて、その明りの半分も地上には届いていない。
きゃぁぁぁっ!と叫びたくなるような出だしじゃござーませんことっ!。まず駈けている二人の男が視界にあらわれ、鉈が光り、弓がしなり、二人の動作が描かれ、二人の関係と名前が告げられ、明るい月夜なのに、暗く翳っている描写がこれから起こる事件を予告しているのです。貘先生の文章は短く簡潔に切れていますが、それを積み重ねることで、あっというまに一つの小説世界を作り上げてしまいますの。このスピード感がたまりませんわっ。アテクシ、どこまでも貘先生についていきますっ!。
ところで『オール』には、いまどき珍しく、読者からのお便り紹介ページがありますの。巻末の『オール談話室』よ。アテクシ、このページを毎月欠かさず読んでますの。大好きでござーますの。ちょっとご紹介すると「貴誌が二十日頃に届くので、前月号を読んでいないと早く読まねばとあせってしまいます」、「伊藤理佐さんの「妙齢おねいさん道」があまりに面白くすぐにハガキを書いてしまいました!」、「黒川博行さんの「老松ぽっくり」をすらすらと楽しく読みました」といった感じでございます。
アテクシ、子供のころから活字中毒で、ほら、週刊誌の巻末によくのってますわよね、「幸福を呼ぶペンダント」とかの通販の広告。それに必ず付いている「購入者からの喜びの声」なんかの、ちっちゃい文字を隅から隅まで読むのが今でも大好きですの。あの手の文章のゴーストライターなら、アテクシ、きっと凄腕だと思いますわ。
あ、『オール談話室』のお話しでしたわね。このコーナーを読むと読者の皆様の様子が手に取るようにわかってほのぼのしますの。年齢層はアテクシと同様ちょっと高めで、娯楽としてマンガなんかを読むのは抵抗がある世代ですわね。『オール』はそういう読者のことをよく考えていらして、グラビアあり、マンガあり、読者投稿コーナーありで、文芸誌としては至れり尽くせりだと思いますわ。でも一つだけ足りないものがあると思いますの。
それは今月のあなたの運勢よっ!。
佐藤知恵子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■