山田太一ドラマスペシャル~遠まわりの雨
BS日テレ
2014年9月7日(日)14:30~(2010年3月27日の再放送)
実家が大田区にあるので、蒲田という地名に多少、敏感である。最も近い盛り場で、安くてかなり美味しい店があることも知っている。小学校の同級生には、町工場の子も何人もいた。
その蒲田の町工場が舞台の、これはまるでフランス映画だ。なんて素敵な物語ができるのかと、蒲田の町工場を見直してしまった。そう言えば、マルグリット・デュラスの『モデラート・カンタービレ』だって、工場主の妻と工員の恋ではないか。
経営不振の小さな町工場に、海外からの発注があった。熟練工の秋川社長(岸谷五朗)は張り切るが、突然、脳卒中で倒れてしまう。妻の桜(夏川結衣)は20年前、会社で働いていた凄腕の職工・福本草平(渡辺謙)を訪ね、手助けを頼む。その昔、桜は草平と恋仲だったが、彼を振って秋川の妻となったのだった。すでに互いに家庭を持つ二人だが、心はどうしようもなく揺れ動く。
老いらくの恋、今で言う熟年(嫌な言葉だが)の恋物語は、難しいと思う。きれいごとや情熱だけで突っ走るのはリアリティがない。現実の生活を含めて描けば、どこまでも汚らしくなる。草平は桜に、「昔よりきれいになったくらいだ」と言うが、草平の目にそう映るのみ、ということが容易に想像できる。桜は十分に生活臭を漂わせ、今はホームセンターで働く草平も、客にへいこらして十分にみっともない。
職工としての勘を取り戻した草平は凛々しいが、時代の変化を思い知らされ、またヘコんでしまう。桜は大胆にも誘惑的だが、それが現実の生活からの逃避であることもまた明らかだ。二人は、入院中の秋川社長に対する草平のぎりぎりの矜恃で、一線を越えない。仕事に追われる中でのわずかな触れ合い、互いの生活の苦労、金銭のやりとりまでもが執拗に、容赦なく描かれ、最後に二人は鎌倉の小さな駅で別れる。
しかし「電車が来るまでの間、今だけ恋に落ちよう」と抱き合い、口づけする二人の、あっと驚く美しさ。これはまた、なんという美男美女だろうか(いや最初から、美男、美女なんだけど)。電車に駆け込んだ桜を追いかけ、草平はホームを走り、ドア越しに取りすがる。「危ないですよ、いい歳して」と制する駅員に、「今だけだ」と草平は応える。それは今だけの戯れ、ともとれるが、一方で永遠の一瞬を創り出そうとするようでもある。
そのちょっとだけ登場する駅員に柳沢慎吾、ホテルのフロントに藤村俊二、行きずりの娼婦にYOUと、超豪華キャストの町工場物語である。草平の妻に田中美佐子、荒れ気味の娘に川島海荷。
山田太一ドラマは、ときに長台詞で複雑な内心をぶつけ合う。短い時間でそれが為されると、目の離せない切迫感を生む。しかし緊張を孕みながらもゆったりと美しいこのドラマでは、むしろ台詞の間合いに多くの表情が読み取れる(渡辺謙はたしかに名優だと実感した)。「それでは、あんまりだ」と一つの台詞を繰り返しながら昔の女に触れようとしない彼に、「昔の、男の子なんだ」とYOUさんが呟く。その一言に尽きていると思う。
小原眞紀子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■