『月刊俳句界』2013年1月号は、通常号よりも20ページほど厚い398ページである。新年号ということで俳句界の重鎮、『海程』主宰の金子兜太氏、『ホトトギス』主宰の稲畑汀子氏が登場しておられる。作品特集も組まれており、巻頭は鷹羽狩行氏連作の『特別作品33句 山川草木』である。新年を意識した爽やかな句が並んでいる。今回は鷹羽氏の連作を順番に読んでみようと思う。
1 短日やはや身ほとりに影生まれ 鷹羽狩行
4 吹かるるは枯るるためなり土手芒
作品は正月を題材に、そこはかとない物語性をもって時間継起的に書かれている。連作は年末から始まる。初句の『短日や』は冬の太陽が身体の下に長い影を作っているのを詠った句だが、『身ほとりに』が活きている。『ほとり』=辺・畔・際が第4句『吹かるるは』の『土手』を導いている。『吹かるる』『枯るる』の重韻も心地よい。また初句から第4句には詩人の晩年の静かな意識が流れている。
5 旅先の火ともし頃を風邪ごこち
6 身を包みこころを鎧ひ裘(かはごろも)
7 雪吊に応へて雪の降り出せり
9 夜廻りの子をまじへたる声の過ぐ
第5句から日が暮れ始める。『旅先の』は実景だろうが、『ともし頃(ごろ)』を『風邪ごこち』と韻を重ねたのが効いている。第6句の『裘』は毛皮でも僧侶でもいい。いずれにせよ、身体を包み心に鎧する人や物は日常的であってはいけない。『裘』という多義的な意味を持ち、視覚的にも複雑な文字がふさわしい。第7句の素直な句で雪が降り出し、第8句で夜が更けていく。
12 煤逃げと言ひ富士見ゆるところまで
14 余生いつから数へ日はいつからぞ
15 わが胸の上かも除夜の白鳥座
16 いつせいに星はじきあふ除夜の鐘
第10句から年末に入るが、第12句で年末の大掃除(『煤逃げ』)と、清浄で雄壮な冬の『富士』を対比させている。第14句では『いつから』を繰り返して自らの余生を重問している。第15句『わが胸の』は実景として、詩人の胸の上あたりの夜空に白鳥座があると解釈してもいいが、〝白鳥の歌〟は詩人最後の絶唱である。余生を意識するから白鳥の歌が近づいており、それが第16句の厄払いのように鳴り響き、星(白鳥座)をはじき飛ばすような『除夜の鐘』につながっていると読んでも面白い。
17 あめつちのやうやく分かれ初明り
20 橋といふ曲がらぬ道を初詣
22 人波を切り進みゆく白破魔矢
25 人の名に山川草木年賀状
第17句から新年である。暗い夜が明け自己の行くべき道が見えてくる。第20句『橋といふ』、第21句『人波を』は述志の句である。余生を意識して迷っていた心が一掃されている。文字通り〝新年〟である。今年も『曲がらぬ道を』『人波を切り進み』ながら行くのである。ただそれは静かな境地だ。第25句『人の名に山川草木年賀状』は、日本人の名前に〝山川草木〟が多いことからの発想だろうが、人間世界も自然界(山川草木)も、今となってはもはや同じという詩人の意識のダブルミーニングだろう。
30 寝返りてきしむ思ひの宝船
31 初夢の中のこととは思へども
32 恋の句は誰あてならむ初句会
33 はや三日はや四日もう七日かな
第30句から正月2日に入る。『船』だから『きしむ思ひ』を前置きしているが、それにより第32句の『恋の句は』が活きている。正月らしく華やいだ雰囲気もかもし出している。最終句第33句は『はや』と『もう』を重ね、時間の経つ早さを表現している。鷹羽氏の連作句には周到に計算された熟練の技術がこめられている。
そのほかの新年『雑詠』では有馬朗人氏、辻桃子氏氏の作品が印象に残った。
白菜の玉とく讃岐日和かな 有馬朗人
冬温し三年寝太郎醤蔵
冬ざるる太閤夢の石切場
* * *
歳旦やみちのくの鮭紅々と 辻桃子
村の祖は高星丸(たかあきまる)ぞ初山河
見上げたる安東系図凍(しば)れけり
素直に実景を詠った叙景句というわけではないが、詠み込みにくい言葉が使われ、かつある情景・状況が具体的に表現されている。商業誌は圧倒的に俳句の勉強のために読む方が多いだろうから、こういったテクニカルな作品は参考になるだろうと思う。
岡野隆
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■