
『後藤墨泉 夏目漱石 兩氏遺愛品入札』売立目録
H26×W19cm 左上 表紙 右上 扉 下 目次 東京美術倶楽部刊(昭和九年[一九三四年])
ちょっと脇にそれるが古い売立目録はこんなものだという例で『後藤墨泉 夏目漱石 兩氏遺愛品入札』の目録を紹介しておきます。夏目漱石は説明不要だろうが後藤墨泉は大正から昭和初期の美術コレクターである。よほど珍しい売立目録でなければ数千円で買えるので一時期なんとなく集めていた中の一冊である。
目録のタイトルは『後藤墨泉 夏目漱石 兩氏遺愛品入札』だが後藤家と夏目家が合同で売立を行ったわけではなくすべて墨泉のコレクションである。漱石長男の純一さんの子どもの夏目房之助さん(漱石のお孫さん)がどこかで家にある遺品は漱石の名刺一枚だけと書いておられたので夏目家では早い時期から漱石遺品を処分していたようだ。漱石没年は大正五年(一九一六年)である。
墨泉のコレクションには漱石の南画や墨跡がありそれらは『漱石遺墨集』に掲載されている。ただコレクションの中心は幕末明治初期の勤王の志士の墨跡や江戸中・後期の文人画である。その中にはもしかして漱石旧蔵品があるかもしれないが目録に記載がない。わずかに箱書きなどから漱石旧蔵とわかるだけである。

右『良寛七絕 漱石箱』 左『子規 不折合作 俳句 絹本 不折箱』
『後藤墨泉 夏目漱石 兩氏遺愛品入札』売立目録
漱石は修善寺の大患などで献身的に治療してくれた森成麒藏医師とその後も懇意にしていた。森成医師が故郷越後(新潟県)に帰って開業すると良寛(越後出雲崎の人)の書を入手して欲しいと手紙を出している。「拝復良寛上人の筆蹟はかねてよりの希望にて年来御依頼致し置候処今回非常の御奮発にて懸賞の結果漸く御入手被下候由近来になき好報感謝の言葉もなく只管恐縮致候」(大正五年[一九一六年]三月十六日)の森成宛て書簡が残っている。この時入手したのは良寛の和歌書でそれらしき作品が売立目録に掲載されている。漱石の箱書のある『良寛七絕』の入手経路は書簡からは裏づけられないがやはり森成医師の尽力ではあるまいか。
『子規 不折合作 俳句 絹本 不折箱』の旧蔵者は目録に記載がない。墨泉が入手した可能性もあるが子規か中村不折から漱石に贈られたものではないか。漱石と子規は親友だった。不折は『吾輩は猫である』の挿絵を描いた洋画家・書家・書道研究家として知られる。細かく見てゆくと『漱石遺墨集』や『子規遺墨』に掲載されていない漱石旧蔵品もあり売立目録を読むのも楽しい。
本筋に戻ってももう三点ほど「岩田家旧蔵特別コレクション」で出品された名品を紹介しておきましょう。なにせ重要文化財に指定されてもおかしくない作品が多数出品されていたのである。


黒織部茶碗
H8.8×W12.5cm ニュウ 箱付
織部焼は利休高弟の古田織部が指導して領地美濃(現・岐阜県)で作らせた焼物の総称である。僕が手に取ったことのある織部茶碗は全部呼継(割れ物の陶片をうまく組み合わせて茶碗の形に仕上げてある)だ。しかしこの作品は完品の伝世品。図録解説には「焼成中に窯から器を引き出し急冷させることで漆黒の釉色を得る「引き出し黒」の一種」とある。手に持つと重い。長次郎作・閑居より少し大ぶりなだけだが非常に大きく感じられた。器体の側面に窯から引き出した時の痕が残っていた。
織部が指導した志野・織部の抹茶碗の完品は少ない。理由は慶長二十年(一六一五年)の大坂夏の陣の際に豊臣家と内通した疑いをかけられ切腹を命じられたからである。織部継嗣の男子らもことごとく切腹となり家は断絶した。内通の真偽は不明だが織部は元は秀吉側近の小大名で茶道だった。疑わしい動きがあれば即座に失脚する危うい立場にあった。
財団法人京都埋蔵文化研究所刊の『つちの中の京都-桃山文化の陶磁』というパンフレットがある。主に三条通界隈から発掘調査で出土した志野・織部の桃山陶が写真掲載されている。そのほとんどが完品で慌てて廃棄した気配である。伝世していれば名品揃いなのだ。
三条通界隈には焼物屋が多かった。織部は第二代将軍・徳川秀忠の茶の湯指南役だったので織部様式の茶道具は一世を風靡した。しかし織部失脚と同時に累が及ぶことを恐れた商人らが売り物の茶陶を急いで廃棄したようだ。初期の徳川幕府の力は恐ろしいほど強かった。元豊家家臣らは外様大名として鄙に転封を命じられ不穏な動きがあれば容赦なくお家断絶に追い込まれた。処罰された大名らの記憶も封印された。
よく知られているように志野・織部の産地は昭和五年(一九三〇年)に魯山人工房の陶工だった荒川豊蔵が美濃山中で窯跡を発見するまでわからなかった。忘れられたというか織部失脚と同時に記憶が拭い取られてしまったのである。志野・織部の抹茶碗が茶道具番付に登場してくるのも江戸末期からであり本格的ブームは豊蔵の窯跡発見後である。織部箱書や譲り状のある茶道具も少ない。
岩田家旧蔵の黒織部茶碗も素っ気ない。箱はキレイだが江戸初期から中期頃のものではなかろうか。このくらい上手の作なら銘が付いていそうなものだが箱蓋表には「織部黒 茶碗」としか書いてない。織部失脚後に目立たぬ形で保存されて来たようなうぶい雰囲気だ。


尾形乾山 色絵絵替土器皿(10点)
H2.3×W16.3~17cm 各側底部に描き銘「乾山」 ホツ、直し 箱付
「北摂岸上家並某家家蔵品大入札會展観」(大阪美術倶楽部 1936年)目録No.387に掲載
華やかさでひときわ目を惹いたのは尾形乾山作「色絵絵替土器皿(10点)」。乾山は言うまでもなく琳派創始者の尾形光琳実弟。ホツ(小さなカケ)の直しがあるが斜めにして器の見込みを見ても傷はほとんどなかった。昨日窯から出てきたように美しい。あり得ないくらいの状態のよさだ。乾山は晩年江戸に出て作陶したがこの作品は比較的初期の京都鳴滝窯時代の作だろう。解説には「摂津池田の名家・岸上家の旧蔵品で、昭和11年に開催された同家売立に於いて出品された」とある。岸上家は江戸後期から明治にかけて酒造業で財を成した。乾山色絵皿が十客揃いで市場に出るなどほとんど奇蹟である。


藤原俊成 昭和切 やよひにうくいすの
紙に墨 軸装 22.8×15.7(紙)cm 全体/137.3×42.3cm ムシクイ 山本行範箱 重要美術品認定通知書
文献:國立博物館編著「重要美術品等認定物件目録(追加)」(好學社刊 1948年)P.22に文字情報掲載
もう一点今度は墨書を。オークションには千宗旦の一行書や利休の尺牘(手紙)なども出品されていたが一番欲しいと思ったのは藤原俊成の「昭和切」だった。俊成が筆写した『古今和歌集』上帖が昭和三年(一九二八年)に分割・頒布されたので「昭和切」の名がある。
和歌の世界では俊成の息子・定家が歌聖だが書はハッキリ言って悪筆である。俊成の書もカクカクしていて流麗さに欠けるが平安仮名書の雰囲気を伝えている。『古今集』「春 巻二 春下」の断簡で紀貫之と清原深養父の歌、そして在原元方の歌の詞書「はるををしみてよめる」で止まっている。
やよひにうくひすのこゑのひさしうきこえさりけるをよめる
つらゆき
なきとむる花しなけれはうくひすもはてはものうくなりぬへらなり
やよひのつこもりかたに山をこえけるに山かはより花のなかれけるをよめる
清原深養父
花ちれるみつのまにまにとめくれは山にははるもなくなりにけり
はるををしみてよめる
貫之は言うまでもなく最初の勅撰和歌集『古今集』の撰者の一人。貫之の歌は『古今集』に百首ほど収録されているが春の茶会で飾るのにふさわしい断簡である。
で、オークションなので出品された品物はどれもお金を出せば買えた。この連載で何度か優れた美術品でも元は市場(民間)にあったのだと書いたがそれを身近に感じてもらえたのではなかろうか。美術館でホンモノと信じてモノを見るのは気楽だ。しかし骨董屋やオークションで名品とはいかなくても魅力ある作品に出会って欲しいと思ったとき、頼りになるのは自分一人である。優品なら安いわけがなく自己責任で買わなければならない。
今回は蒐集者の岩田宗次郎さんの眼力が高いので贋作は混じっていないと思う。が、たとえ贋作を摑んだとしてもそれは自分が悪いのである。美術館にある作品が全部本物ではないのも言うまでもない。下世話に聞こえるだろうが身銭を切って美術品を買うようになると人は本気になる。その本気の度合いによって真贋判定を含むその人の審美眼が決まる。
図録から転載させていただいた写真には小さく数字が印刷されているのにすでにお気づきだろう。オークション出品作品にはすべて最低落札価格が設定されている。この金額に届かなければ取引無効だ。図版掲載して紹介したモノの最低落札価格をまとめると以下のようになる。
・茜屋柿茶入 500~800万円
・井戸茶碗 常磐 1,000~2,000万円
・長次郎 閑居 1,000~2,000万円
・黒織部茶碗 100~200万円
・尾形乾山 色絵絵替土器皿 300~500万円
・藤原俊成 昭和切 80~180万円
最低落札価格で買えるなら、わたくし、借金してでも買います。落札した翌日に骨董屋(大手の老舗に限る)に持っていって売っても相当な利益になる。僕の予想落札価格は茜屋柿茶入一億、井戸茶碗一億、長次郎一億、黒織部二千万、乾山千五百万、俊成五百万でありました。
めったにない機会なので、わたくし、最終土曜日のオークションにも行ったのであります。意外と参加者は少なかった。秘かに一度くらいは入札してみようと思っていた。会員でなければ入札できない決まりだが骨董アルアルで高値さえ付ければ会員登録していなくても売ってくれるだろうと思ったのである。で、結果は惨敗。当たり前ですな。声を出すまでもなく(声は出さずに指を上げるだけなんですけど)一瞬で遙か彼方の価格に龍のように昇っていった。呆気にとられて空を見上げる空中戦でありました。落札価格は以下の通り。
・茜屋柿茶入 9,890万円
・井戸茶碗 常磐 3億1千50万円
・長次郎 閑居 9億2千万円
・黒織部茶碗 1億2千750万円
・尾形乾山 色絵絵替土器皿 1,437万5千円
・藤原俊成 昭和切 575万円
茜屋柿茶入と乾山、俊成は意外と安かったですね。買えるわけではないですが。ただ長次郎の9億2千万円には度肝を抜かれた。黒織部の1億2千750万円にも驚いた。いつかお金持ちになった時のために(そんな日が来るといいなぁ)日頃から懇意の骨董屋に相場を聞いているのだが織部茶碗が一億超えになるとは思ってもみなかった。織部茶碗の最高落札価格じゃなかろうか。井戸、長次郎、織部は業者が買って転売できる価格ではなく高止まりした末端価格のような気がするなぁ。知らんけど。ただとても面白かった。売買総額は23億8,309万9千円。骨董恐るべし。
今回のように名品揃いのオークション(売立)はめったにないだろう。が、いつか必ず開催される。日本全国にはまだまだ旧家がある。名品と呼ばれる美術品は買った時すでに高額である。太平洋戦争のような戦争が起ころうと地震が起ころうと真っ先に守ろうとする貴重品だ。たとえば先頃名古屋の徳川美術館で展示された『源氏物語絵巻』は阿波蜂須賀家所蔵だった一巻を柏木貨一郎(またしても!)が購入し益田鈍翁の手に渡り分割されたことがわかっている。その多くは現在五島美術館所蔵だが断簡が民間に残っている可能性がある。つまり売りに出る可能性があるわけだ(一括国宝なのでほんの一部でも自動的に国宝指定になります)。詞書一行でも是非欲しい。頑張らなくちゃですね。
鶴山裕司
(図版撮影 タナカユキヒロ)
(2026 / 03 / 10 30枚 了)
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