
今号の特集は「水のさまざま」。で、申しわけないがちょっと笑ってしまった。「あまりにも範囲が広くないかぁ」と思ったのである。水といえば「滝」や「川」「海」、「水鳥」「水鉄砲」「お小水」まで無限だ。「水」とモノや行為が結びつかないと季語にならないですしね。
いずれにせよこういった特集は、古典から現代までの「水」関連句を並べ俳句初心者の参考に饗すためにある。簡単な書き捨て原稿だ。どんな切り口で「水」のテーマを扱うのか決めれば、あとは新旧の歳時記五、六冊を参照してササッと原稿を書ける。ただま、こういった特集は意外に面白いというか驚かされる面がある。
関係者の皆さんは気を悪くされるだろうが、毎月俳人たちに話題を提供するための月刊誌なのでなべてコトもナシの無反応よりはいいだろう。特集で古賀しぐれさんが「永久不滅の水の名句 30選」のアンソロジーを作っておられる。揶揄するつもりは毛頭ないが、巻頭が芭蕉「古池や蛙飛びこむ水の音」であるのを見てまったく申し訳ないのだがまた笑ってしまった。芭蕉「古池」って水の俳句だっけ、まあそうだけどその切り口だと的を外してるんじゃなかろかと思ってしまったのである。俳句には季語や単語の用法を超えた、句の〝的〟があるのではなかろうか。
古池や蛙飛びこむ水の音
春の海終日のたりのたりかな
一つ根に離れ浮く葉や春の水
昃れば春水の心あともどり
春水に日輪をとりおとしけり
春の水とは濡れてゐるみづのこと
水の地球すこしはなれて春の月
田水張り湖の近江をひろげたり
紫は水に映らず花菖蒲
湖の水まさりけり五月雨
五月雨をあつめて早し最上川
さみだれや大河を前に家二軒
神にませばまこと美はし那智の滝
滝落ちて群青世界とどろけり
滝の上に水現れて落ちにけり
滴りの金剛力に狂ひなし
流燈や一つにはかにさかのぼる
月の波消え月の波生まれつゝ
をとゝひのへちまの水も取らざりき
十竿とはあらぬ渡しや水の秋
水澄みて金閣の金さしにけり
流れ行く大根の葉の早さかな
冬の水一枝の影も欺かず
一湾や吹きをさまりて月の鴨
白鳥といふ一巨花を水に置く
一月の川一月の谷の中
寒の水念ずるやうにのみにけり
指一つにて薄氷の池うごく
光堂より一筋の雪解水
雪解川名山けづる響かな
古賀しぐれ「永久不滅の水の名句 30選」
古賀さんの「永久不滅の水の名句 30選」である。ただし作者名は省いた。よく知られた名句も混じっているが、全ての句が「永久不滅の水の名句」とまでは言えない。まあこういうタイトルの付け方はジャーナリズム特有なので気にすることはないが、水のテーマも作者も忘れて読んでみて虚心坦懐にどう思うか、どう感じるかである。
俳句にはほとんどの日本人が直観把握できる〝的〟がある。それが俳句の故郷というものだ。しかしそんな名句ばかりを詠んだ俳人など存在しない。的に近い句もあれば外した句もある。俳句アンソロジーでは名句・秀句を集めがちだが、焦点(的)を把握すれば名句・秀句以外の工夫を凝らした句の方が創作の参考になることの方が多いだろう。的を射抜いた句はもうそれ以上動いてくれないからである。
わか水のかゝみやきのふの雪のかげ 宗祇
若水や明なんとして空に音 素牛
若水の水きは立や花の春 永治
若水の鶴の聲有り車井戸 鯉遊
若水や手にうつくしき薄氷 武仙
若水は老をいづこへはね釣瓶 宗朋
水は若く年は井筒の井の字哉 秀重
若水のぬるみ心やけさの春 千石
若水やこれも逝ものと知りなから 古山
若水に去年のつめたさ洗ひけり 杏分
若水の鏡は老の始哉 沾峨
若水に智恵の鏡を磨うよや 嵐雪
正岡子規は俳句狂で『俳句分類』を生涯の仕事にした。古い本だがアルス社刊の『分類俳句全集』にまとめられている。「水」という単語を含む季題は多いが第一巻に「若水」の分類がある。言うまでもなくお正月の早朝に最初に汲む清らかな水のことである。室町から江戸天保時代までの句をかなりの数列挙しているがそこから現代でも通用しそうな句を選んだ。表記や文法の違いはあるが写生から心情吐露まで現代俳句とさほど変わらない。本気で俳句アンソロジーで学ぶなら例句は多ければ多い方がいい。
本心は蝶の行方にありにけり
人はみな何処へゆくのか芽吹山
花梓寡黙になれば匂ひくる
近隣のかはたれどきの薔薇を見に
ときをりは夢をただよふ麦の秋
わくらばのときに積りてにほひけり
泉まで馬の無言に付き合へり
白帆ふと夕日に染まるときをみし
茱萸摘んで山の鴉にさやうなら
岩淵喜代子「桐の花」作品21首より
今号の作品では岩淵喜代子さんの「桐の花」21首に目が止まった。巻頭の「本心は蝶の行方にありにけり」「人はみな何処へゆくのか芽吹山」にあるように、ほとんど〝私〟を感じさせない句である。連作全体がなんとも言えない無人称の雰囲気に包まれている。此岸にいて彼岸を詠んだような句だ。こういった句を読んだ記憶がほとんどない。ちょっと心配になってしまうような連作句だが秀句・名句が生まれそうな予感が漂う。
鶴山裕司
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