
今号の特集は「昭和100年/戦後80年―時代を詠んだ句・体現する句」。角川武蔵野ミュージアムで開催された「昭和100年展―畳のにおいと、柱の背くらべ―」の連動企画である。昭和元年(一九二六年)から現代までの変遷を追うのではなく、昭和六十四年/平成元年(一九八九年)から時代を溯ってゆく形を取っている。すぐには思いつかないが今年令和七年(二〇二五年)は昭和一〇〇年に当たる。だとすると平成から令和の総括もあってもいいわけだが直近過ぎるので省略ということでしょうね。
日本では大化の改新(六四五年)の際に初めて元号「大化」が制定され、「大宝」(七〇一年)から制度化された。歴史の本などでは仁徳○○という表記を使っていることがあるが大化以前は元号がないので便宜的なものである。
元号は日本の国家としてのアイデンティティみたいなものだからそれがあるのはけっこうなことである。しかしときおり面倒だなと思う。実質的世界標準だが西暦はキリスト生誕年を紀元にしているのでそれを使うのはちょっと癪だが、前の年に一年足せばいいから便利である。元号も同じと言えば同じなのだがたいてい西暦で済ませているので「今年令和何年だっけ」と考えてしまうこと、しばしばである。しかし和暦の切迫感にも濃淡がある。
近代だと明治大正昭和初期までは元号でないとピンと来ないことが多い。夏目漱石が「ホトトギス」に「吾輩は猫である」を発表したのは明治三十九年(一九〇六年)一月である。文学者としては子規派の群小俳人の一人に過ぎなかった漱石が『猫』を嚆矢に爆発的に創作活動を始められる力をもっていたなど誰も想像していなかった。それだけではない。漱石は明治四十年(一九〇七年)発表の『坊っちゃん』で明治という時代を規定した。『坊っちゃん』は日本近代の青春期を言語化した小説である。『坊っちゃん』がなければわたしたちの明治に対するイメージは変わっていたはずである。
自由詩では大正六年(一九一七年)刊の萩原朔太郎『月に吠える』がその歴史(表現史)を一変させた。自由詩は上田敏『海潮音』の欧米詩の翻訳移入から始まった新たな文学ジャンルである。日本文学で新ジャンルが生まれたのは明治維新期だけだ。ただ『月に吠える』の登場まで自由詩はそのアイデンティティを確立できなかった。ずっと五七、七五調の短歌的文語体抒情を引きずっていた。そんな歴史を裁断したのが『月に吠える』である。
ただ文学史と元号が密接に結びついていたのは昭和二十年(一九四五年)の太平洋戦争敗戦までだという実感がある。せいぜい二度目の安保闘争が盛り上がり、三島由紀夫が割腹自殺して高度経済成長が本格化した昭和四十五年(一九七〇年)くらいまでではなかろうか。昭和も終わりに近づく一九八〇年代半ば以降は文学史上の出来事と元号が結びつかない。もう西暦でいいじゃんという気がする。文学が日本独自の元号と結びついた切迫した社会性を失ってしまったからだろう。高度情報社会化とグローバリズムによって世界が均一化されたからだと言ってもよい。
国家よりワタクシ大事さくらんぼ 攝津幸彦
野崎海芋さんが特集巻頭の「黄金時代1980-1989」のエッセイ「どうしようもなく戦後だった」で摂津幸彦さんの句を引用しておられる。こういった特集は便宜的なもので明治生まれの加藤楸邨や高屋窓秋らは昭和の終わりから平成まで生きた。彼らの句業を振り返っても「昭和100年/戦後80年」の歴史を辿ることができる。ただ攝津さんの句は大きな時代の変化を捉えていたと思う。元号と文学が結びつかなくなった時代の雰囲気である。
摂津句の初出は昭和六十年(一九八五年)四月である。二年後の六十二年(八七年)に俵万智さんの『サラダ記念日』が刊行され社会現象になった。『サラダ記念日』の口語短歌は現在ではニューウェーブ短歌となり歌壇を席捲している。何が従来の短歌と違ったのかと言うと、それまで悲嘆の絶唱中心だった短歌が史上初めて向日的な幸せを表現したのである。それは口語の、しかも現在形でなければならなかった。
幸福は壊れやすく短い。それを永遠にするためには「「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」といった永遠をピン留めするような現在形が必要だった。また『サラダ記念日』はそれまでの短歌(前衛短歌など)と違いまったく強い社会性(社会批判)を表現していなかった。ほぼ純粋に〝わたくし〟を詠った歌集だった。
この〝私性〟への没入はほかの文学ジャンルでも指摘できる。自由詩の世界では一九八〇年代に生理やセックス、恋愛を大胆に表現した女性詩の時代があった。社会的テーマを主調低音にしていた小説も同様で、八〇年代以降、社会性といっても介護や同性愛など個の苦悩くらいしかテーマを見出せなくなっていった。いわゆる昔ながらの私小説なのだが葛西善蔵らの大正私小説ほどの迫力はない。ほぼ完全に〝私〟に限定されたテーマでありその周辺の読者の共感しか得られていない。
では俳句はどうか。俳句界は世は事もナシで相変わらずの広義の写生俳句――いわゆる伝統俳句が主流である。ただ若手(と言っても五十代くらいになりつつあるが)を見ると私性への没入が顕著だ。伝統俳句に与せず結社無所属のインディペンデントで汗かいて俳句初心者のお世話をする気はないが、じゃあ俳句に寄与する前衛俳句的俳句原理の探求(「俳句とは何か?」という真摯な問いかけ)があるのかと言えばそんな気配もない。「俳句よりワタクシ大事さくらんぼ」といったところか。自分だけのショートケーキの上のイチゴちゃんでいたいわけだが俳壇はそのための踏み台のようだ。
中途半端な私性はエゴの肥大化(ミーイズム)であり醜い。ただそれは間違っていると言いたいわけではない。私性への没入は世の中の大きな流れだろう。それを変えることは恐らくできない。しかしずっとこのまま私が私がの文学が続くとも思えない。これは単なる僕の予感だが、錐のように鋭く尖った私性の極北のような文学が現れ、私から無私に抜ける瞬間を待つしかないような気がする。昔ながらの大文字の社会性を振りかざしてもムダなことはハッキリしている。
鶴山裕司
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