斎藤都さんの文芸誌時評『カルチャー文芸誌』『カルチャー文芸誌について』をアップしましたぁ。昨日、長岡しおりさんによる『yomyom』さんの紙版最終号のレビューを掲載しましがた、今日は金魚さんこと斎藤都御大の総論、『カルチャー文芸誌』のリニューアル版をアップします。『カルチャー文芸誌』のブーム、どうやら終わりに近づいているようです。このジャンルでのフラグシップ誌Papyrusが終刊し、踏ん張っていたyomyomさんも実質終刊になりましたからねぇ。その経緯を斎藤御大がまとめておられます。

 

 カルチャー文芸誌の定義は、このカテゴリに分類した雑誌名を見ればなんとなくわかるだろう。Papyrus、GINGER L。、小説TRIPPER、yom yom etc.(中略)である。そのほとんどがアルファベットかカタカナで、文学臭がする誌名を付けている雑誌は一つもない。既存の文芸誌との差別化を狙ったネーミングだと言っていい。

 ではカルチャー文芸誌は、既存文芸誌と何が違うのだろうか。日本の小説は純文学と大衆文学に大別されるが、カルチャー文芸誌は大局的に言えば大衆文学系である。しかし大衆文学誌は(中略)すでに複数刊行されている。これら既存大衆文芸誌との違いは、カルチャー文芸誌が、重くて深刻な文学のイメージから自らを解き放とうとしたことにある。大衆文学ですら重いと感じる感性が背景にある。実際、カルチャー文芸誌ではラノベはもちろん、マンガやアニメなどのサブカルチャーを取り上げることが多い。小説やエセーに芸能人を起用することもしばしばである。

 さて、こういったカルチャー文芸誌の編集方針は成功しているのだろうか。答えはノーである。文学金魚では2012年から断続的にカルチャー文芸誌の時評を行ってきたが、続々と言っていいほど廃刊が相次いでいる。カルチャー文芸誌ブームは、どうやら2010から約10年ほどのプチブームで終わりそうである。理由はとても単純だ。従来の〝大文字の文学〟からの差別化が、結局はできなかったのである。

(斎藤都)

 

斎藤さんは『大多数のカルチャー文芸誌の誌面は当初はそれなりに斬新だったが、次第に既存の文壇を向くようになっていった。(中略)ビッグネームかもしれないが、もはや読者の支持を得られていない純文学作家や、昔の大物作家が巻頭を占めるようになった』と書いておられます。

 

石川もそれは感じたなぁ。新しいメディアを軌道に乗せるためには、新たな認識構造を持った中心作家が不可欠だということでもあります。つまり編集部の編集方針だけでは限界がある。そういった中心作家を見いだせなかったことも、カルチャー文芸誌が文学界での新興勢力になりきれなかった理由でもあるでしょうね。

 

 

斎藤都 文芸誌時評『カルチャー文芸誌』『カルチャー文芸誌について』 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

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