高嶋秋穂さんの詩誌時評『No.022 角川短歌 2015年12月号』をアップしましたぁ。『結社特集 師を持つということ』の坂井修一、江戸雪、黒瀬珂瀾(くろせ からん)さんの鼎談『不合理を楽しむ』を取り上げておられます。歌壇では結社離れが進んでいて、編集部の特集リード文に『先日の第61回角川短歌賞においても結社所属者は応募者のわずか14%であった。結社の時代は終わってしまったのだろうか』とあるようです。

 

歌人の結社離れについて高嶋さんは、『短歌人口が増えているのは口語短歌の隆盛と深い関係があります。短歌と言ってすぐに思い出すような百人一首的な伝統的な知とは無縁に簡単に自我意識が表現できるジャンルとして注目を浴びているわけです。またそういった場合に多くの人が想起するのは石川啄木などのポピュラリティの高い短歌でしょうね。(中略)ただ(中略)啄木のような絶望にまで至るのは至難の業です。また(中略)極論を言えばその絶望は夭折とセットです。長い人生を断ち切られたから絶望が際立って見える。つまり純な絶望や孤独を普遍的ポピュラリティと措定してもすぐにメッキが剥げてしまう。生きている限り人間はずっと絶望や孤独だけを友としているわけにはいかない。どこかで現代的な長い人生と折り合いをつけて中年から老年にまで至る人間の生の不合理と絶望を表現してゆかなくてはならなくなります』と批評しておられます。

 

口語歌人の中でも目端の利く作家は、現代短歌はもちろん古典にも触手を伸ばしています。また小説などの他ジャンルにも進出しようと試みています。口語短歌は要するに〝孤独で寂しい〟という表現が圧倒的に多い。石川、かなり食傷気味です。平板な定型表現になりかけています。

 

ただ歌壇や俳壇では結社離れを機に、その意義を考える特集が組まれるようになっています。これはいいことだと思います。メリット・ディメリットをどんどん公開すべきでしょうね。それが座の文学である短歌・俳句の刺激材料になると思います。これに対して自由詩の世界は、詩人から雑誌に至るまで気色の悪いサークル化して『いいね』し合っていますねぇ。石川は自由詩はマジで誇り高い前衛芸術の座から滑り落ちたと思います。歌人・俳人の結社についての討議の方が、よっぽど身を切るラディカルで前衛的だなぁ。

 

 

高嶋秋穂 詩誌時評 『No.022 角川短歌 2015年12月号』 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

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