山本俊則さんの美術展時評『No.061 生誕三百年記念 若冲(上)』をアップしましたぁ。昨今の若冲人気といふかブームは、ちょいと異様なくらひの盛り上がりです。山本さんが書いておられますが、今年東京都美術館で開催された展覧会の後半は、4、5時間待ちになったやうです。中に入っても超混雑してるでせうから、こりではなかなかちゃんとした鑑賞は難しい。混むか混まないかの予測は難しいでせうが、もそっとなんとかする方向で鑑賞方法を考えていった方がいいやうに思います。んで若冲人気の背景を、山本さんは次のように批評しておられます。

 

 極論を言えば、現在の若冲ブームは、若冲を前後の絵画史から切り離すことで生じたものである。まだ日本画にあまり知識がなかった時期にアメリカ人コレクターらが感じたように、若冲の独創性を彼一人の個性(自我意識=天才)に帰している。本当の絵画好きならその考えは徐々に修正されてゆくだろう。ただいわゆる〝若冲天才論〟が若い人たちを中心として、わたしたちの現代から生まれた切なる希求であるもの確かである。

 情報化時代では〝新しさ〟を創出するのがとても難しい。現代では誰もが新しさは、多かれ少なかれ過去コンテンツをモディファイしたものだということを知っている。だがパッチーク的な新しさはすぐにメッキが剝がれてしまう。かといって過去コンテンツが生まれた理由を本気で探るには、忍耐強い努力が必要だ。また二十世紀の前衛アートはまだ誰も見たことのない未知を新しさとして提示したが、ポップアートに代表的なように、現代社会の変化に敏感に対応していた。そして現代は網の目のように無限に拡がる情報化社会、つまり過去から現代に至る情報を誰もが簡単に入手できる時代である。二十世紀後半までのアーチストのように、こっそりと過去のコンテンツを活用することはできない。むしろ過去コンテンツ(群)の引用・援用であることを明示し、その的確な理解の上に作家独自の現代性を表現する必要がある。

 このような現代性に若冲芸術はピタリと当てはまる。彼は伝統的な日本画の絵師である。得意不得意はあるが、過去の絵画伝統を長い時間をかけて習得し、その上に彼独自の表現を為した。

(山本俊則『若冲論(上)』)

 

石川はいつの時代でも優れた前衛作家は、原理的思考者が多かったように思います。過去の文化やその歴史に精通している作家が多かった。また作家は誰でも常に過去に学びながら現代を表現していかないと、生涯に渡って作品を作り出す〝作家〟として活動することができない。文学の世界でも、新人賞を受賞したり、ちょっと注目されただけでダメになってゆく作家が意外と多いのです。安定した作家活動には社会からの注目が不可欠ですが、作家自身の目標は高く設定しないと保たないのです。

 

 

山本俊則 美術展時評『No.061 生誕三百年記念 若冲(上)』 ■

 

 
第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

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