月刊俳句界_No.032_01

 

 

 「月刊俳句界」十月号の特集は「小説を味わう 俳句を味わう」で、太宰治『桜桃』、夢野久作『きのこ会議』、小泉八雲『停車場にて』の三本の小説が再録されている。小説の最後には「桜桃忌」、「茸」、「罪」の句題作品が並んでいて、それぞれの小説をネタに俳句を詠んでみようという趣向である。俳人は俳句を作るのが仕事だから、何を見ても感じても俳句にしようとするのは大変立派なことである。ただそれとは別に、珍しく句誌に掲載された小説を読んで、俳句と小説はやっぱり相性が悪いなぁとしみじみ感じてしまった。

 

 別に「小説とはなにか?」を勉強しようという特集ではないのだが、再録された作品のうち最も小説らしい小説は太宰治『桜桃』である。夢野久作『きのこ会議』は幻想譚あるいは道徳譚、小泉八雲『停車場にて』も道徳譚だが、作家が「これは小説です」と言っていなければエッセイに分類してもかまわない。この二作は小説家でなくても書けるだろう。しかし太宰の『桜桃』は、遺作になったので過度に有名になってしまったきらいはあるが、いわゆる私小説である。この作品はなかなか詩人には書けない。俳句と最も相性の悪いタイプの小説である。

 

 私は家庭に在っては、いつも冗談を言っている。それこそ「心には悩みわずらう」事の多いゆえに、「おもてには快楽(けらく)」をよそわざるを得ない、とでも言おうか。いや、家庭に在る時ばかりでなく、私は人に接する時でも、心がどんなにつらくても、からだがどんなに苦しくても、ほとんど必死で、楽しい雰囲気を創る事に努力する。そうして、客とわかれた後、私は疲労によろめき、お金の事、道徳の事、自殺の事を考える。いや、それは人に接する場合だけではない。小説を書く時も、それと同じである。私は、悲しい時に、かえって軽い楽しい物語の創造に努力する。自分では、もっとも、おいしい奉仕のつもりでいるのだが、人はそれに気づかず、太宰治という作家も、このごろは軽薄である。面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易、と私をさげすむ。

(太宰治「桜桃」)

 

 有名な作品なのですでに読んだことのある方も多いだろう。夫婦の不和とも言えぬ不和を描いた作品である。私小説なので主人公は太宰本人ということになる。主人公が暑い暑いと額の汗を拭いながら、妻にお前はどこに汗をかいているのかねと尋ねると、「私はね、この、お乳とお乳のあいだに、・・・・・・涙の谷」と答える。主人公はそれが気に入らない。日頃の不満を当てこすっているのだと感じる。主人公はクドクドと、自分は努力しているのだと考え始める。いつも冗談を言って家族を笑わせているじゃないか、楽しい雰囲気を作っているじゃないか。いや、家庭ばかりじゃないぞ、外でもそうだ。暗い物語だけじゃ読者を満足させられないと思い、この頃は軽い楽しい物語も書いている。しかるに世間は太宰は軽薄になったと罵る、蔑む。こういった作家の愚痴は言い出せばきりがない。

 

 桜桃が出た。

 私の家では、子どもたちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかも知れない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は珊瑚の首飾りのように見えるだろう。

 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供より親が大事。

(同)

 

 主人公は三人の幼い子供の子育てで忙殺されている妻の心が、家事や子育てに一切協力しない--というよりそんなことにまったく無能な夫への不満で膨れあがっていることを十分承知している。俺の稼ぎが少ないからだ、いや、人を雇えば済むことなのに、この女は人を使うのが下手なのだと千々に考える。ただ主人公は妻と決定的に衝突したりしない。病気で重態の妹を見舞いに行きたいんですけどと言う妻を、「どうしても、今夜のうちに書きあげなければならない仕事があるんだ」と振り切って、主人公は馴染みの飲み屋に出かけてゆく。愛人が経営している飲み屋である。飲み屋では桜桃が出る。言うまでもなくサクランボのことで当時は高価だった。

 

 「蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は珊瑚の首飾りのように見えるだろう」という記述は太宰ならではのものである。太宰好きの読者のように素晴らしい抒情表現だと感嘆してもいいのだが、別の捉え方もできる。少し語弊はあるが、石坂洋次郎や寺山修司にも通じるような、東北人独特のハイカラ趣味である。太宰が同郷の葛西善蔵に心酔していたのはよく知られている。『桜桃』は善蔵バリの私小説である。しかし太宰の場合、田舎者が生粋の都会人よりもシティーボーイになりたがる道化的振る舞いが、ある種の美と物悲しさを感じさせるのである。太宰的ロマンティシズムである。善蔵にも愛人がいて子供を産ませているが、男女の究極の愛の合一を示唆するような心中など考えたこともないだろう。善蔵はあくまで現世の穢土に執着する作家だった。

 

 太宰の「子供より親が大事」は、「子供よりも、その親の方が弱いのだ」という意味である。ただいくらロマン好きとはいえ、太宰は私小説系の作家である。別に決定的なことを書いているわけではない。太宰の心中は彼が望んだものだったのか、あるいは女性に引きずられるように無理心中してしまったのかよくわからないが、生きていれば別の小説を書いたのは確実である。「私は桜桃を買って帰った。見慣れない果物を口にした男の子は「少しすっぱい」と言った。上の女の子に首飾りにしたら綺麗だよと言うと、「お父様、ずいぶんロマンチックなのね」と笑った。わたしは深く傷ついたが、この御馳走を与えられるのは私だけなのだ」といった具合に続くだろう。

 

 つまり私小説で表現されているのは作家の移ろいゆく内面である。そこで表現された感情にも思想にもなんら決定的な点はない。主人公の自我意識が、家庭などの狭い空間いっぱいに肥大化している。それは身勝手で傲慢だが、家庭=世界となるくらい自我意識が肥大化すれば、かえってそれは客体化されるのである。だから私小説作家は醜く愚かでもある自己の内面を、まるで人ごとのように書くことができる。しかしこの自我意識の肥大化くらい俳句から遠いものはない。

 

斜陽とは栄華のことば桜桃忌   藤田湘子

 

 「月刊俳句界」十月号の魅惑の俳人は藤田湘子で、太宰の『桜桃忌』再録に続く「桜桃忌」詠でも作品が採られている。「斜陽」という言葉で代表できる太宰作品は、その後の読書界で「栄華」と言ってよい人気を博した。しかしそれは太宰文学の本質ではなく、湘子は皮肉とも賞賛ともつかない現世の流行を詠っただけである。湘子の「斜陽とは栄華のことば」は、当たり前といえば当たり前だが、小説を自己の表現とはまったく関わりのない芸術として捉えている俳人のものだ。

 

枯山に鳥突きあたる夢の後    藤田湘子

鯉老いて真中を行く秋の暮

物音は一個にひとつ秋はじめ

藤の虻ときどき(くう)を流れけり

月明の一痕としてわが歩む

天山の夕空も見ず鷹老いぬ

 

 決して皮肉や批判的意味をこめているわけではないが、湘子は最も俳人らしい俳人である。引用の句は作家の内面を感じさせる。しかしそこに内面は表現されていない。「枯山に鳥突きあたる夢の後」や「鯉老いて真中を行く秋の暮」といった句が多様な意味を持ち、無限に読解可能な句になるためには、その背後に謎めいた作家存在が必要だ。しかし湘子の存在格は骨の髄まで俳人である。現実描写に基づく写生はカメラで切り取る写真になぞらえられるが、写真の裏面は白い。湘子の存在格もまた薄く裏は真っ白なのである。湘子の観念的に見える句の背後に作家思想があるわけではない。それらはあくまで俳句表現の中の一つである。その微妙で繊細な言の葉の妙技を堪能できなければ湘子作品は魅力を持たないだろう。

 

 四ッ谷龍氏は後期の湘子について、「(高濱)虚子は(中略)日常のもったいぶらない態度のままに俳句に臨み、通俗的な作品が混ざることも気にせずに俳句を量産することで大きな世界を実現していると湘子には見えた。この点を重視し、多作を実行することで自分の俳句の中に必ずしも純粋ならざる要素を導き入れ、新しい境地を拓こうとしたのである」と論じておられる。小説家が年を取り、気力・体力の衰えを感じ始めるのと同時に、自らの中にどうしても拭えない妄執を見つけ出そうとするのに対して、中年以降の俳人は、湘子は意識的に枯れようとしている。そしてそれは、春夏秋冬の季節の移り変わりになぞらえて人間の生を考える日本人にはなじみ深いものなのである。

 

 つまりたいていの場合、俳人の存在格は、年を取れば取るほど縮退してゆく。小さくなってゆく。外界をなぞり切り取るカメラのような暗室になってゆくのである。ただこの暗がりの主役はあくまで印画紙であり、もっと言えばその中で現象する写真、つまり俳句である。湘子には「ゆくゆくはわが名も消えて春の暮」の句があるが、作家は消えても俳句さえ残ればいいのである。だから富澤赤黄男や寺山修司のように、強靱な自我意識で俳句表現をコントロールしようとする作家たちの作品が、俳句の世界では目立って見えてしまう。しかし俳句文学の基盤は、虚子や湘子のような自我意識の希薄な写生俳句にあるだろう。

 

あぶらげとはうれん草と夢すこし 藤田湘子

 

 こういった何気ない湘子の作品は素晴らしい。述志のサブジャンルに区分されることからもわかるように、俳句の世界では作家の自我意識表現は常に異端である。俳句本来の希薄な自我意識表現と、作家固有の強い自我意識表現はなかなか両立できないということである。実際、若気の至りで前衛--つまり作家の強い自我意識表現で出発した作家のほとんどが中年以降に枯れ、花鳥諷詠的写生表現の方に戻ってくる。若い頃から俳句を花鳥風月写生と捉えた方が利巧なのかもしれないが、俳句で一度でも自我意識表現の道を選んだなら、苦しくてもそれを貫かなければ結果が出ないということでもある。

岡野隆

 

 

 

 

■ 藤田湘子さんの本 ■

藤田湘子全句集 藤田湘子―自選三百句 (俳句文庫)

 

 

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