逃げる女

NHK総合

土曜日 22:00~(放送終了)

No.109_TVドラマ批評_01

 

 

 傑作だった。評価は高く、ありがちだけれど視聴率は低かった。テレビである以上、数字なんて問題じゃない、なんて言うのは欺瞞だとは思う。しかしこの作品について言えば、数字なんて問題じゃなかった。皆に観ろと勧めるようなものではなかったのだ。観客を選ぶものだった。

 

 テレビドラマが観客を選ぶなんて、視聴率を無視する以上の自己撞着ではある。NHK だから打ち切りはないけれど、皆さまの NHK で観客を選んでよいわけがない。ただ、このドラマは難解であるがゆえに万人向きでないわけではない。難解ではないが、お約束を守っていない。そこについていけない、あるいは納得いかない、不安になるということはあろうか。

 

 今どきお約束にこだわる視聴者もいない、と思うかもしれないが、個々の意識はそうであっても、マスとして数字を上げるには厳然としたルールはある。それはテレビの掟であって、いわゆるドラマの佳作は、このルールを守りながらなおかつ新鮮であるというものが多い。

 

 すなわち主人公が明るく、あるいは前向きで好感が持てる、最終的には勧善懲悪であること。最近は少なくなったが、問題作といわれるものについては、個々の抱える事情が万人に伝わるように説明され尽くすこと。『逃げる女』はそのどちらでもない。だがその切実は、わかる者には突き刺さる。突き刺さった者が数字で言えば、世帯数にして 2. 何% だったということだ。それはむしろ多いのかもしれない。

 

 水野美紀演じる女主人公は、大学院卒の心理療法士だが、児童養護施設で子供を殺した疑いをかけられ、無実の罪で8年服役した。出所した彼女に世間は冷たく、さらに奇妙な銀髪の若い女(仲里依紗)に付きまとわれ、行く先々で殺人が起きる。女主人公を裏切り、裁判でアリバイを否定したかつての親友(田畑智子)も殺される。そのことで女主人公はまた追いつめられ、逃げまわる立場になる。

 

 調子のおかしい若い女を演じる仲里依紗はまさしく快(怪?)演だが、「おねえさんをいじめるやつは許さない」と、女主人公と一体化し、心中するような狂気に見覚えがないわけではない。瞠目すべきは、絶対的な母性を求める若い女の激しさに感応し、その狂気を理解する女主人公のあり様だ。これは今までテレビでは観たことがない。パトリシア・ハイスミス作品へのオマージュ、あるいは昔のフランス映画だ。

 

 逃避行の資金作りに、若い女は売春する。執着と嫌がらせが渾然一体となって、女主人公にもそうするように仕向ける。インテリの女主人公は当然、逃げ出すと思いきや、稼いできた札を放って「これで大きな顔しないでよ」と言う。切実な、絶対的な愛を求める心の前に、性の問題など取るに足りないのだ。

 

 水野美紀は事務所からの独立後、映画の汚れ役などに挑んで道を切り拓いてきたという。今まで魅力はあっても、これという代表作は思い当たらない女優さんだったが、40歳という設定で花開いた、日本人離れして美しい骨太の母性像として記憶に残るだろう。それを全世帯の 2. 何% が目撃したのだ。快挙と言うべきである。

山際恭子

 

 

 

 

四人家族 角川文庫 好きじゃないのに感じてる 角川文庫