長岡しおりさんの文芸誌時評『No.004 ジャーロ(NO.55 秋冬号)』をアップしましたぁ。特集は『さよなら、アナログ!』で、『ジャーロ』さんは次号から課金方式の電子媒体に移行します。雑誌の経済基盤は ① 売り上げ、② 広告収入の2種類です。文芸誌の場合、雑誌売り上げはトントンか多少のマイナスくらいで、単行本収入でようやく黒字になることが多いです。エンタメ系雑誌の収入の基本は広告です。短歌や俳句雑誌も結社広告が柱になっています。自由詩の雑誌は赤字で、詩人、つまり雑誌の著者の詩集の自費出版が収入の柱になります。

 

長岡さんは紙の単行本は当面なくならないだろうと予想された上で、『問題は雑誌である。雑誌もたまたま書籍と同様に紙でできていたわけだが、それだけを理由として、デジタルに移行してもなお書籍の意匠を保ち続ける必然性があるのか、ということだ。それが単に課金の口実なら、ウェブというそれ自体が巨大な無料「雑誌」に飲み込まれるだけである』と批評しておられます。こりは文学金魚の編集人をやっている石川も抱く問題点だなぁ。

 

やってみればわかりますが、紙と電子媒体の雑誌はまったく違います。心構えも編集方針も違ってきます。紙媒体のかたわらWeb文芸誌をやっている雑誌もありますが、これは無理があるだろうなぁ。Web文芸誌はどこかの時点で、紙という物理的制約が存在しないという特性を活かさなければなりません。編集部はもちろん作家もどんどん作品を出していかなければならない。その中から活路を見出すわけです。単行本は電子だろうと紙だろうと変わりません。広告収入はないですから売り上げは内容次第。また電子雑誌の収益の確保方法は現状では過渡期です。課金だけが方法ではありません。

 

ただ現状、電子媒体のWeb文芸誌や作品発表場所には紙媒体のようなヒエラルキーがありません。ヒエラルキーが必要かどうかについては議論がありますが、みんな平等に見える媒体に作品を発表している個々の著者が、結局のところ社会での自己作品のエスタブリッシュメントを目指している以上、必ずヒエラルキーは生じます。そんなものは存在しない、Web上ではみな平等だと言う方が偽善的でしょうね。

 

このあたりのヒエラルキーを、皆が納得する形でどう作るのかは、紙の媒体と同様、やはり掲載される作品の質ということになると思います。ただ作家の方にWeb文芸誌の特性を活かすという戦略的見通しがなければ、どこに作品を発表しようと同じです。新たなメディアを活用するときは、関係者は多少なりとも従来の認識系を変えなければならないのです。

 

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長岡しおり 文芸誌時評『No.004 ジャーロ(NO.55 秋冬号)』 ■