純文学ホラー作家、遠藤徹さんの連載小説『血みどろ博士』(第05回 最終回)をアップしましたぁ。『血みどろ博士』も今回で最終回です。すげー面白い小説だったので、もっと読んでいたひといふ気持ちが湧くのですが、この作品は書き出しからして短編小説の長さですね。これ以上引っ張るとダレると思います。ん~っ、名残惜しひというところで筆を止められるところ、やっぱ遠藤さんはプロでありまふ。

 

んでこりは書いちゃってかまわないと思いますが、『血みどろ博士』は某文芸誌が掲載しなかった作品です。それ自体はよくあることです。文学金魚だってどんな作品でも掲載するわけではなひですから。ただ某文芸誌の掲載拒否理由は、「これはエンタメ小説ではない」といふ理由だったようですが、一口に〝エンタメ〟と言っても雑誌や編集者によって定義が変わるといふことです。石川は『血みどろ博士』は十分エンタメ小説だと思いますが、このカフカ的不条理エンタメ小説は、オーソドックスなエンタメ小説誌にとっては純文学的過ぎるのでせうね。確かにその通り。遠藤さんは純文学系エンタメ作家です。

 

大篠夏彦さんが「文學界」の時評で、「私小説的純文学小説を売ることができるのは文藝春秋「文學界」だけだ」と書いておられました。それもまたその通りなのでふ。雑誌や出版社はある特定読者層を抱えており、そこにアピールできる作品を選びます。どの出版社にも得意不得意の領域がある。あるいは雑誌や出版社によって、明確な癖(傾向)があるといふのはそういふことです。しかしこの傾向が固定するとやはり不都合なことが起こります。雑誌や出版社が、自分たちが得意とする作品しか選ばなくなるのですね。出版界は数打ちゃ当たるの景気のいい時代ではなく、打つ弾が制限されていますから、なおさら安全パイを選びたくなるのは当然のことです。

 

しかし出版不況で手が縮こまっている時代だからこそ、新たな作家・作品を見出し、世に送り出さなければならないでしょうね。文学金魚のようなベンチャーにとっては、特定読者層を抱えている雑誌や出版社はうらやましいかぎりですが、新たな読者を開拓しなければ、パイがどんどん小さくなってゆくのは目に見えています。

 

文学金魚には特殊作家が集まりがちなやうで、小説では遠藤さんと三浦俊彦さんが、偏態、いや特殊作家のツートップでふ(爆)。特殊作家といふのは本屋さんの棚に並べるときに、ピタリと該当する分類項がなひといふことでもあります。読者を開拓するだけでなく、新たな作品に新たな居場所を用意する必要もあります。文学金魚では来月も引き続き遠藤さんの作品を掲載させていただきます。読者の皆様、応援よろしくお願い申し上げます。

 

 

■ 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)は3月31日〆切です ■

金魚屋では21世紀の文学界を担う新たな才能を求めています。

小説はもちろん短歌・俳句・自由詩などの詩のジャンル、あるいは文芸評論などで、思う存分、新たな世界観、文学観を表現したい意欲的作家の皆様の作品をお待ちしております。

応募要項_01_cover (500dpi)

 

 

遠藤徹 連載小説 『血みどろ博士』(第05最終回) pdf版 ■

 

遠藤徹 連載小説 『血みどろ博士』(第05最終回) テキスト版