演劇評_No.029

 

 

【公演情報】

公演名 金春会定期能

会場  国立能楽堂

鑑賞日 1月17日

演目  能〈佐保山〉、狂言〈佐渡狐〉、能〈巴〉、能〈鞍馬天狗〉

 

 

 能の愛好者は、新年に初めて観る能公演を初夢と同じくらい重んじている。初夢に富士山などのめでたい物を見ると喜び多い年になると思われるように、新年初めての能鑑賞会では、できるだけめでたい演目を観たいと思うのである。年始にのみ上演される特別な演目である〈翁〉で年をはじめたい人が最も多い。天下泰平、千秋万歳や五穀豊穣への祈りが込めてあるからである。しかし一般的に、「神能」と呼ばれるカテゴリーの演目にも長寿や祝福への祈りがあり、こちらも祝祭性にあふれている。

 

 今年初めて能楽堂へ足を運んだのは、〈佐保山〉という神能をはじめ合計四つの演目で構成された1月17日の金春会定期能を観るためだった。久しぶりに能漬けの一日を過ごせた贅沢な機会で、能を通して私たちの意識にたどり着く、昔の物語のことをゆっくり考えることができた。

 

 能を観ると今現在の自分たちの中の時間の流れが演目のテンポに吸い込まれ、能の時間と同調してゆくような心持ちになる。毎日の慌ただしさから離れ、個人の次元を超えた大きな時間の流れに入ることができるのだ。それは幾世紀にも及ぶ物語の時間の流れである。物語の広くて穏やかな時間の流れは、日常生活における分刻みの時間と違って、「時代」という単位で時間を計るものである。この時間に触れられる者は、自然と自己中心的な生き方から解放され、「宇宙」とでも呼ぶべき時間の流れの中に自分がいることを自覚できるようになる。

 

 その大らかな時間の流れを体感させてくれたのは、やはり公演冒頭に上演された〈佐保山〉という能だった。〈佐保山〉は金春流のレパートリーのみに残っている演目である。春を中心的なモチーフにしており、春季以外の時期ではめったに観られない。

 

 〈佐保山〉が拠り所にしている物語の出典は未詳だが、内容は次の通りである。氏神の春日明神に参詣している藤原俊家が近くの佐保山の上に白い雲のようなものがかかっているのを見て不審に思い、従者とともに佐保山に登る。山の上に着き、白雲の正体は里女たちによって干されている白妙の衣であると知る。彼女らの話しによると、その衣は「裁ち縫はぬ衣」で、人間の手で作ったものではない。美しい香りを放つ霞のようなその衣は、『古今和歌集』にある伊勢の歌「裁ち縫はぬ衣着し人もなきものをなに山姫の布晒すらむ」で言及された仙人の衣そのものであるそうだ。

 

 佐保山の春景色や春を司る佐保姫の物語をしてから、女たちは霞の中に消え去る。俊家は所の者を呼び、佐保山という地名の由来や佐保姫の物語を聞く。天人が天の羽衣を竿に乾したことからこの山は「さお山」と呼ばれ始めたそうで、その天人は、春日明神の奇特によりこの山に降りてきた佐保姫だという話である。夜になり、都から訪れてきた者たちの前に佐保姫は再び姿を現し、月に照らされながら舞を舞い、めでたい世を称える。

 

 〈佐保山〉は金春禅竹(1405年‐1470年)の作だと思われる。禅竹の能楽論『歌舞髄脳記』(1456年奥書)にも言及され、後の時代に活動した金春禅鳳による伝書『毛端私珍抄』には「天女の舞」物として記されている。世阿弥時代の猿楽が歌舞を中心とした芸になった過程で、「天女の舞」という舞いの種類は大きな役割を果たした。この舞を披露する主人公を登場させる〈佐保山〉は、金春家で大切にされてきた演目である。

 

 〈佐保山〉に込めてある祝祭性は、今回の公演で、佐保姫にまつわる物語をはじめ、謡いの言葉や囃子の音楽、そして美しく煌びやかな衣装や大らかな舞といった要素を駆使した演出で見事に表現された。天女姿で登場する後シテ(本田芳樹)の魅力的なヴィジュアルに加え、この演目に見える光景の広さと明るさを想起させる笛(藤田貴寛)の美しい旋律も、大いに〈佐保山〉のめでたさを際立たせた。春の女神をめぐる物語というだけでなく、観客の心に春を迎える時の気持ちを生じさせる意欲的な上演だった。

 

 佐渡に狐がいるかどうかをめぐる二人の百姓の争いが笑いものになる狂言〈佐渡狐〉の後、能〈巴〉が続いた。『平家物語』の「木曾の最期の事」に題材を求めるこの演目は、女武者を主人公とする珍しい修羅物である。女ゆえ義仲に伴い討ち死にすることを許されなかった巴御前の悔しさと、戦場で敵を倒す彼女の活躍を描くこの能の見所は、男性の振る舞いをする女を演じる男性役者の演技である。やわらかい華やかさと修羅物でしか見えない身振りの速さと鋭さを兼備する、魅力あふれる演目である。

 

 同じく『平家物語』を拠り所にする三番目の〈鞍馬天狗〉は、源義経が天狗に武術を習ったエピソードを中心に作られた演目である。天狗の力強さは子方が演じる義経の可愛らしさと対照的であり、そのコントラストが見どころである。

 

 華やかでダイナミックに展開する演目を集めた本公演は、最初から最後までテンポを緩ませず、凛とした雰囲気を作り上げた。能が拠り所にする物語は伝説や謂れとして伝わり、または種として歌に宿るものである。能作者はその種を集めて能の言葉にし、舞台の上で花を咲かせる演目を作った。それにより、能を上演するとその花が私たちの目に見えるようになる。伝説から歌へ、そして歌から能へと形を変える物語は、語り続ける私たちを通していつまでも生きていく。今回の金春会定期能公演は、演目選びや優れた上演によって、幾世紀もの時間をたどってきた物語の偉大な生命力を改めて意識させてくれた会だった。

ラモーナ ツァラヌ

 

 

 

 

 

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