金井純さんの連載BOOKレビュー『親御さんのための読書講座・中学受験篇』『 No.042 『なつかしい時間』 長田弘著』をアップしましたぁ。今年5月にお亡くなりになった長田弘さんのエッセイ集を取り上げておられます。長田さんは詩人ですが児童文学者としての方が有名かもしれません。評価は様々でしょうが、多くの現代詩人がほぼ一生とらわれてしまふ〝現代詩的ギョーカイ風土〟とは無縁の詩人の一人だったのは確かでせうね。

 

金井さんは『なつかしい時間』について、『20世紀から21世紀にかけて失われゆくもの、失ってはならないものを語るというものだが、それは結果であり、ときどきのエッセイを集めたものだ。ただ全体には確かに一貫した危機感が流れている。(中略)その危惧とは一口に言えば、書物が消えゆくことに尽きるだろう』と批評しておられます。この〝危機感〟を表象する言葉が〝なつかしさ〟といふことになります。

 

紙の書物の形態が無くなるか無くならないかは社会全体の動向と深くリンクしています。それは個の思考を超えたテーマであり、かつ個の思考が束ねられた文化的主体の意識(意志)の問題でもあります。〝なつかしさ〟はこの集団的文化主体意識に関わるキーワードでしょうね。あやふやなものですがそれは共有され存在している文化基盤だと言えます。

 

金井さんは『書物という形態は、線形の生と相似を為す。そこに身を委ねることは、他者の線形の生をなぞり、共感することでもある。詩人の17年に渡る断続的な思索や感慨に寄り添う時間を持つことは、その17年の上澄みを追体験することでもある。主体的に選択されたその受動が擬似的な時の流れを作り出し、我々はそこに「なつかしさ」をおぼえるのだ』と書いておられます。

 

紙の書物形態には始まりと終わりがあり、それは人間の生の相似形です。また人類社会の相似形でもある。人類発祥から終末までと言うとなにやら宗教めいてきますが、そんな巨視的なことではなく、ある時代の始まりがあり、その終わりがあるとミニマルに捉えた方がいいかもしれません。結局は人間の生が時代を作り終わらせる。それをくっきりと浮かび上がらせる精神の軌跡は書物と非常に相性が良いかもしれません。もちろん全作家の作品がそれに当てはまるわけではありません。もしかすると電子書籍の出現によって、作家の評価はよりいっそう厳しいものになるかもしれませんよ。

 

 

金井純 連載BOOKレビュー 『親御さんのための読書講座・中学受験篇』『 No.042 『なつかしい時間』 長田弘著』 ■