小松剛生さんの連載ショートショート小説『僕が詩人になれない108の理由あるいは僕が東京ヤクルトスワローズファンになったわけ』『第011回 レジを打ち続ける弟の話/カラス女史のラブレター/ソルト君とじゃぐさん』をアップしましたぁ。『ソルト君とじゃぐさん』は良質のショートショートだなぁ。

 

――ミズタキ?

 「知らないのかい?」

 もう一度、わたしの名誉に賭けて言うけれど。

 彼とわたしに年齢的な差はあまりないはずだ。

 なのにこの差はなんだろう?

 どうしてわたしはこんなにも何も知らないのか。(中略)

 「じゃあ今日は記念日だ」

 「なんの?」

 「君の水炊き初体験」

 今夜のメニューを決めたわたしたちは不思議な果実のように重く垂れたビニール袋を携えて、スーパーマーケットを後にした。

 外はすっかり暗くなっていた。(中略)

 後ろ向きに歩いておどけてみせるじゃぐさんは相槌を打ったとたんにつまづいてバランスを崩した。

 ショッピングカートの代わりに、電信柱がじゃぐさんを支えた。

 間違いない、彼は無条件で愛されている。

 

多くの読者の皆さんが感じておられるように、小松さんは村上春樹さんから大きな影響を受けておられると思います。しかしそれは模倣的な影響ではなく、春樹文学が持っている本質的何かを的確に捉えている。春樹文学は全共闘世代の精神的空白を、高度経済成長期からバブル期に至る豊かさを見つめることで快復しようとする文学だと捉えることもできます。しかし小松さんの文学は春樹文学よりもっと空白が多く、その意味で未来に伸びた現代の本質を確実に捉えているように感じます。

 

また引用した箇所にあるように、小松さんの小説作法は的確です。主人公とじゃぐさんの対話部分ですが、この二人の人格が明確に切り離されている。「間違いない、彼は無条件で愛されている」という主人公の独白は、プロの作家も編集者も「うまいな」と言うでしょうね。

 

 

小松剛生 連載ショートショート小説 『僕が詩人になれない108の理由あるいは僕が東京ヤクルトスワローズファンになったわけ』『第011レジを打ち続ける弟の話/カラス女史のラブレター/ソルト君とじゃぐさん』 pdf ■

 

小松剛生 連載ショートショート小説 『僕が詩人になれない108の理由あるいは僕が東京ヤクルトスワローズファンになったわけ』『第011レジを打ち続ける弟の話/カラス女史のラブレター/ソルト君とじゃぐさん』 テキスト ■