小松剛生さんの第1回 辻原登奨励小説賞受賞作『切れ端に書く』(第11回 最終回)をアップしましたぁ。『切れ端に書く』も最終回です。この作品、清新でしたね。石川はかなり高く評価しています。

 

 もしも圧倒的、絶対的な文章があるとしたら、それを読んだだけでイチコロにされてしまうような、そんな圧倒的な文章が存在するとしたら、それは街の外で書かれたものだろう。(中略)

 ところが文章の中にいる僕が書き続ける限り、ちり紙のような客観性は脆くも崩れ溶けてしまう。

 こうして物語は何かしらの欠陥を伴って進行してゆく。

 書き手というものが存在する以上(本当にやっかいだ!)、文章は常に欠陥を抱えたまま僕たちの目に触れることになる。

 もしも。

 言葉を使わずに文章を書くことができたなら。

 文章を書かないで物語を書くことができたなら。

 けれどそんなことはできない。

 役に立たない知識がこの世に存在しないのと同じように。

 役に立たない知識など存在しない、といつだったか僕は、ある後輩に教えてもらった。

 それは知識が役に立たないのではなく、役に立つやり方を知らないだけなんですよ、とその後輩は言った。

 

小松さんの小説は、編集者目線ではツッコミどころ満載なのですが、何か言いたくなってしまふといふところが、この作品が優れていることを証明していると思います。んでツッコミどころといっても細かいところはどーでもよろし。作品は細部を弄っても元レベル以上にはならんです。ある方向に向けてどんどん書いていただく。それで傑作や習作が生まれれば、イマイチだねぇといふ作品も世に出るわけです。書けなければそれまで。メディアや編集者が作家を作ることはでけません。本質的にはすべて作家次第です。作家が努力するから他者がそれを手助けできるのでありまふ。

 

 

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小松剛生 連載小説『切れ端に書く』(第11最終回) テキスト版 ■