今月1日にアップした『金魚詩壇 討議&インタビュー No.006 安井浩司 永田耕衣を語る』関連コンテンツです。鶴山裕司さんの『No.006 耕衣的〝悪霊〟』をアップしました。耕衣さんの第五句集『惡靈』を中心に、耕衣文学の神髄に迫っておられます。

 

 耕衣さんの中で有と無を往還する禅的思想が暴れ出すと、俳句作品から有季も定型もなくなってしまう。前衛的に見えるわけだが、それは古典的な意味で俳句文学の思想基盤につながっている。また耕衣さんの禅の思想は恐ろしいほど即物的である。一休宗純や白隠禅師の事蹟を見ればわかるように、禅の思想は本来即物なのだ。「無」を中心にしている以上、禅は思想的ストラクチャを持たない。現実事象にぴったり寄り添って無に至り、無から現実世界へと精神を帰還させてゆく。だから耕衣文学に欧米的な文脈の思想を探ろうとしても見つからない。それはすべて現実として、つまり永田耕衣の俳句として表現されている。

 

と、鶴山裕司さんは批評しておられます。なお今回で【安井浩司 永田耕衣インタビュー関連論考】の掲載は終了です。以前から安井浩司さんや永田耕衣さんの作品を読んでおられるとはいえ、パパッと原稿を書いてくださるから鶴山さんは重宝だなぁ(爆)。もちろん評論の質も高いと石川は思います。じっくりお楽しみください。

 

 

【安井浩司 永田耕衣インタビュー関連論考】『No.006 耕衣的〝悪霊〟』 ■