佐藤知恵子さんの文芸誌時評『No.012 オール讀物 2014年10月号』をアップしましたぁ。特集『エロティックな誘惑』を取り上げておられますが、あまりお気に召さなかったやうです。「はっきり言うとちゅまんないのよ。アテクシ、「エロ、お嫌いですか?」と聞かれれば、「お好きですぅ」とお返事できるくらいはお・と・なよ。だけど中途半端なエロ小説を読んでると、いっきに老け込んじゃうような気がしますわね。一昔前は有名若手女優さんが、いつヌードになるかだけで90分引っ張れる映画もござーましたけど、もうそんな時代じゃありませんよことよ」と書いておられます。

 

大衆小説誌では、エロスと時代小説特集が2大定番なのですが、特にエロスを文章で表現するのは石川も難しいと思います。佐藤さんは、「エロスという要素を両極端に引き延ばせば、純愛か狂気に振れることになりますわね。極端(極点)を描こうとすれば純文学作品になっちゃって、これはこれで大衆小説好きには困ったことよ。でも作家様には・・・エロスのベクトルには常軌を逸したような純愛と狂気があると分かった上で、中庸な大衆小説を提供していただきたいのね。お馬鹿な大衆小説好きの読者はこんなものといったお作品が一番イヤですわ」と批評しておられます。

 

佐藤さんは「時代小説を書くにはお勉強が必要だけど、ポルノ小説は簡単そうに見えるわね。でも実際は難しいわ。下手をすると作家様の力のなさが赤裸々に暴かれてしまうのよ」とも書いておられますが、不肖・石川もそう思います。上品に書くとか下品(赤裸々)に書くとかいった問題ではなく、小説作品全体の構造の中で、エロス要素がどのように有機的に機能しているのかが問われるわけです。つまり作家にはっきりとした目的がなければ、エロスは単なるエロで終わってしまう。エロ作家と自己規定して性根を決めるならまだしも、文学の皮をかぶったエロ小説はあんまり気持ちのいいものではないですねぇ(爆)。

 

 

佐藤知恵子 文芸誌時評 『No.012 オール讀物 2014年10月号』 ■