開運!なんでも鑑定団
テレビ東京 火曜日 20:54~
テレビ東京の看板長寿番組である。視聴者に高齢者が多いという特徴がある。出張鑑定の出先地域では、70%以上の数字をマークした記録もあるという。
NHK ばりの全国区だが、一方で東京ローカルだな、と思わせるエピソードも多い。伝え聞くところ、番組企画は最初はメジャーなキー局に出され、蹴られるごとに他局へ落ちてゆくと言う。つまりこの番組の企画は、いろいろな局のボツを経て、テレビ東京にたどり着いたらしい。また青山通りから骨董通りを走っていると、タクシーの運転手さんが思い出したように「鑑定団に出てる○○○○○ってのは、目が利かないってねぇ」と言ったりする。東京のタクシードライバーは、何でも知っていると感心してしまう。
また実際、鑑定団で1000万の値が付いたものが、プロの集まるオークションで20万円でも手が上がらなかったという「事件」も伝えられていて、専門家の間でも「見解の相違」という言葉がよく使われるものの、なかなか大変な世界だ。株価情報など、経済番組に特化しているテレビ東京でしか、やはり通らない番組企画だったかもしれない。
けれども、これが単なる経済番組の一変形に過ぎないのならば、これほどの人気が出たはずもない。お金はお金に過ぎないし、他人のお金を見せてもらっても面白くもない。自慢しているのはお金でなく、やはり「お宝」なのだ。金額の数字は、自慢すべき価値の裏書きでしかない。
番組について、骨董のプロ、セミプロの人たちの間から、もっと「物」をよく見せて欲しいという要望が寄せられているとも聞く。「見解の相違」からくるトラブルやクレームを避けるためだろうか、とりわけ最近、画面に「お宝」の姿が一瞬よぎるだけ、もしくは小さく映りすぎて、テレビの前の「鑑定士」が判断を下すことができない。ただ、ホンモノでいくらいくら、ニセモノでいくら、というアナウンスを拝聴するしかない。
物がよく見えない代わりに長々と流れるのが、持ち主のヒストリーだ。確かに、私たちは骨董より人間の方に目が利く。しかし好感の持てる立派な人だから、持っているものが本物、ということはない。
ずいぶん前だが、人を疑うことなど知らなさそうな初老の男性が、1000万円で知人から譲り受けたという、なにか木材のようなものを持ち込んで来た。鑑定が出たときの男性の表情は、今までテレビでも、どこでも見たことがないほどの純粋な驚愕そのものだった。それはどこか美しい、とすら言えた。石坂浩二は、鑑定ボタンを押す前から悲痛な顔つきで、訴えることも考えた方がいい、と言った。大スターがテレビカメラの存在を忘れたかのようで、それも印象的だった。
ぼんやりとつまらなそうな顔をしている若いアシスタントの女の子が、かつての司会者、島田紳助に振られて面倒そうに予想する真贋が妙に当たると、話題になったこともある。なんでも良家のお嬢さんだそうで、一筋縄でいかないものだなあと、つくづく。やっぱり人間の方ばかり見てしまうことだ。
田山了一
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■