一.ジュニア
暑かったり揺れたりと、心を休めるには少々煩わしい中、また日常を離れフラフラと。まずは少し前、福山と尾道に寄らせてもらった広島。今回の目的地は市内。あまり時間がない中、工事中の駅前で右往左往しつつ、まずは立ち呑み「P」へ。此方は鉄板カウンターでお好み焼きが肴。後のことを考え軽めのネギ焼きをオーダー、冷えたレモンサワーで喉から涼む。聞き上手のマスターと常連客の会話は訛りが心地よいだけでなく、テーマが非常に魅力的。題して「東京人への広島土産のベストとは」。奇を衒わず直球でいこう、とモノは「もみじ饅頭」に決定。後はメーカー選び。白熱の議論を経て決まった逸品、帰りに買わせていただきました。その後色々と話を聞いてもらい、閉店時間オーバーの長っ尻に。次回はもう少し早めに参ります。二軒目は朝から呑める居酒屋「G」。聖地と呼ばれるのも納得の雰囲気に、注文前から細胞が喜んで仕方ない。店内は清潔で明るく健康的なので、ルーズな身としては一瞬アレッと思うが、客の居住い/店員の立ち振る舞いが実に心地よく、オーダー前から再訪を誓う。肴はしゃこ。立派な大ぶりが五匹、頭は殻付き。実はしゃこが好きでして、ハイ。此方のは本当に美味しく、もう普通の品には戻れなくなるかも、と心が揺れる逸品。物腰柔らかなマスターに「ツメまで綺麗に食べてもらって」とお褒めをいただき、大瓶を追加。いやあ素晴らしい。本当に私、ノーマルしゃこに戻れるかしらん。
ことロック界隈において「ジャンル」という概念は、まあまあ嫌われがちだけど、やはり新しい音楽に出会う時、正確には出会おうと踏み出す時、道標として役に立つ。あと過剰な細分化は意外と笑えるし。パンクも色々なジャンルに分けられる。例えばケルティック・パンク(≒アイリッシュ・パンク)。定義するなら、パンクロックとケルト系民族音楽の融合。その起源とされるポーグスにガツンとやられて以降、国内外問わず聴いたけれど、最大の衝撃は日本のジュニア。当時通っていたバーで勧められたアルバム『Rights!』(‘03)で一発陥落。すぐライヴにも行った。企みに満ちた楽曲、諸々着崩したルックス、どちらも格好よく、個人的にはパンクをベース/ルーツにした楽しみ方/粋り方の新鉱脈と捉えた。未知の味ではなく、味付けが微妙に新しくて好み。だからこそ既知の味に戻れなくなることはない。あの衝撃から二十年、今でもお気に入りの味。
【 LUCY McDONALD / JUNIOR 】
二.コクトー・ツインズ
京都の宿を予約する際、通常よりお安くなったのは年齢のせい。おかげ、と言うべきだろうけど、まあそこは屁の突っ張りということで。にしても、少々複雑な気分。そんな宿から呑みに出かけたのは日暮れ時。しっかりと盆地の暑さが残る中、レンタル自転車で京都駅まで快適に。目当ての店は錦市場近くの角打ち「M」。創業百三十余年(!)の老舗。ちょっと間に合わないかも、と心が折れかけたのは、今まで数度、開店時間に間に合わなかったから。また今回もか、と微かに気が抜ける。そんな気持ちで四条通に出ると、路上には白装束に身を包んだ人々の列。ああ、祇園祭か――。調べると神輿を神社に戻す「還幸祭」。路上の光景を眺める観光客、そこに紛れる役目を終えた白装束、けたたましい蝉の鳴き声。それらをまだ残る暑さが揺らめかし溶かしていく。気付けば店の近く。閉店まであと二十分。ダメ元で通りを曲がり店前へ。満員の入りだが、だったら逆にと扉を開ける。棚からロング缶を取り、ふと振り返ると半纏・褌の男性陣。神輿ダコを見せ合い、それをお客さんが撮って、と和気あいあい。閉店のタイミングで新たに呑み始めればセーフ、とアドバイスを貰い、同じ歳と判明した二、三名と握手を交わし「実は宿が安くなりまして」と報告。やはり皆さん苦笑い。
耽美、神秘、静謐。そんなキーワードで紹介されることの多いコクトー・ツインズ。個人的には「ドリーミー」がしっくりくる。初めて聴いたのは12インチシングル『Tiny Dynamine』(’85)と『Echoes in a Shallow Bay』(’85)、2枚のカップリング盤。少々変則的だけど、今振り返ると最良の出会い。耽美云々では納まらない不穏なけたたましさや、想定外だった楽曲の幅の広さに印象は大きく変化した。ご紹介する「Melonella」は蛾の一種、ハチノスツヅリガの学名で、歌詞は蛾の科名の羅列。
【 Melonella / Cocteau Twins 】
三.秋吉敏子
角打ち発祥の地、北九州・小倉の朝。前夜、旅先にもかかわらず、最後の一軒の記憶をなくす綱渡り。適度に反省しつつ宿をチェックアウト、小雨の中を歩いて目指すのは角打ち「T」。ご高齢の店主に声をかけ、大瓶とソーセージをチョイス。払おうとすると後でもOKとのこと。もっと呑みたくなるかもしれないし、とニヤリ。平日午前中だからか先客なし。奥のスペースで椅子に座ろうとすると、身を寄せ合ったネコ二匹。どちらも居着いた野良の子で、その母は行方知れずとのこと。そうか、としんみりしたのも束の間。この二匹、店内を爆走し棚を駆け上る元気者で、後から来た宗教本持参のオジサンから「コラッ!」と大目玉。濃密すぎる展開に大瓶をもう一本取ると、店主が「ほらね」とまたニヤリ。嗚呼、素晴らしきカオス。いっぱしの呑兵衛ぶっていたけど、やっぱりまだまだです。
前身のコラム時代より数えて、今回が100回目。呑んだり/聴いたり、のサイクルに「書いたり」がプラスされてから早八年。とは言え道半ば、いや、まだまだズブの駆け出し。今後ともよろしくお願いいたします。
最後にご紹介するのは、日本ジャズ界の至宝、秋吉敏子のアルバム『フォー・シーズンズ』(‘96)の一曲目。いわゆるジャズに触れてから五、六年目に出会い、初めてパンクやファンクと同種の衝撃を受けた楽曲。今聴いても、初めて聴いた時と同じく内側から熱くなる。
【 Dance Of The Gremlins / 秋吉敏子ジャズ・オーケストラ】
寅間心閑
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