松原和音 連載小説『学生だった』第13回をアップしましたぁ。フランスへの卒業旅行中編です。
「そのままで大丈夫だよ」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
私の中になにか軸になるようなものがあれば、動揺しないで済むのに。淡々とオペラ座で稽古を続けていた一団みたいに。
私は意味もなく焦りはじめる。教室でも、彼女はいつもこんなふうだった。とらえどころがなくて、普段はすごく優しいのに、急にそっけなくなって、数日間連絡がとれなくなったりして。どんなことでも極端なのだ。
なんだか落ち着かない気持ちは私の中にもあった。私はたまに、まわりの人たちの間で飽和状態になってしまうかのようで怖くなる。女の子というのは、一人一人あまりにも似ている。少なくとも、表面的にはそうだ。皆適当に親切で、たまに意地が悪い。極端に良い人も、悪い人もいない。個性といえる個性が無くて、その事実がお互いを圧迫しているように感じてしまう。
群れの中に溶け込めばいつも、行動の責任を取らなくてすむ。けれども、私という存在は死んでしまう。総体の中でユニークな存在でありたい。それ自体が矛盾した欲求であるにも関わらず、私の心は日々そう叫んでいた。
「だよね。ありがとう」
「うん。そのままがベストだよ」
気持ちを消して猫撫で声を出す。優しさですら、どこまで相手のためなのかわからない。まるで誰かに常に見張られているかのようだ。こんなとき、私は自分自身が嫌いでどうしようもなくなる。
松原和音 連載小説『学生だった』
こういう記述は素晴らしい。言うことなし。満点の純文学エクリチュールです。これを意識的に書けて量産できれば恐いものなしですね。
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