一.友部正人
しばらく旅に出ていない。全てをウイルスのせいにするのは少し違う。ヤツにかまけて何かを怠けている。そんな感じ。
気持ちを旅に駆り立てるのは、友部正人の歌だったりする。例えば「どうして旅に出なかったんだ」(’76)。歌詞を抜粋する必要はない。タイトルどおりの切れ味抜群の歌。初期の彼の歌はザラついている。無闇に触ると傷がつく。
大まかな旅程を考え始める時も、彼の歌が気分を盛り上げてくれる。タイトルはそのまま「時刻表」(’92)。まろやかに熟れた彼の声が世界中を飛び回り、旅の感覚を確実に呼び戻してくれる。
さて、今回の目的地は秋津。片道約一時間。小旅行と呼ぶのも憚られるが、旅は距離じゃない。そして、初めて聴くアルバムはすべて新譜。ザッツ・オール。きっかけは単純。安い切符が手に入ったから。秋津にあるという呑み屋街には一度行ってみたかった。だから到着した時、予想以上にテンション高め。駅を出てすぐの立ち飲み「M」を覗き、一人だと告げた顔はさぞ輝いていたはず。案内されたのは、細長いカウンターの奥。一度店の外に出ないと進めない細さに痺れる。頼んだハツ、タン、軟骨が焼けるまで、チューハイの肴は常連さんの会話。地元の何気ない話も、新参者にとっては刺激強めの御馳走に。入る時に仁義切っとくんだったな、と思いながらホスピタリティー抜群のオネエサンの仕切りに感心。店にとっては日常のざっくばらんなムードも、受け手次第でガラリと意味が変わる。そんな当然の感覚もしばらく忘れていた。どうして旅に出なかったんだ、坊や。
友部正人を初めて知ったのは、当時ブルーハーツのギタリストだった真島昌利が、名曲「6月の雨の夜、チルチルミチルは」(’87)をラジオで流していたから。彼の声と詩は今まで知らなかった何かで、それは「未知」というより「異物」。感動を覚える前に驚いた。まだ未熟だった耳は、速くてノイジーで攻撃的な音楽を求めていたが、彼の歌は全く違うやり方で深い傷跡を残してくれた。
好きなアルバムを一枚だけ選べるほど器用ではないが、印象的なアルバムは十四枚目の『遠い国の日時計』(’92)。至宝THE GROOVERSをバックに従えたこのアルバム(一曲のみTHE BOOM)、たしか帯には「ロックアルバムをつくりました うれしい」とあった。彼の歌、声がいつも通りだからこそ、奇を衒わないバンド・サウンドが、珍しい輝き方をする。この関係性をボブ・ディランとザ・バンドに喩えるのは、ベタすぎるのでやめておこう。どの曲も素晴らしいが、フレーズの繰り返しが静かな興奮を呼ぶ「銀の汽笛」を是非。もちろん詞もヤバい。
【銀の汽笛 / 友部正人】
二.スリーター・キニー
一軒目の心地よさを思い返す間もなく、すぐ魅力的な構えの店に遭遇。立ち飲み「N」。またも細長いカウンター。でも違う。此方の方がラフ。それが外からでも分かる。一見満席かと思いきやダメ元で尋ねると一番奥へ。もう足を踏み入れた瞬間から嬉しい。雰囲気最高。こんな感覚久しぶり。オーダーする前から細胞が歓びで震えて仕方ない。濃いめのチューハイに胃を軋ませながら、ナンコツ、とり皮、モツを頼む。卓上にはスライスレモン。きっとチューハイ用のフリー。感心していると更なるサプライズ。運ばれてきた串はハサミ付き。首を傾げたものの、その理由はすぐに判明。サイズが大きい串のセルフカット用。こんなの初めて。その衝撃でスルーしそうだが、そもそも串がデカい。このサイズで税込み100円。入店後数分で再訪決定。
「ライオット・ガール」を、30年前のフェミニスト主導のパンキッシュなサブカル・ムーブメントと捉えるのは容易い。その先駆者バンドであるビキニ・キルの影響下でスタートしたスリーター・キニーが、関連付けて語られることも納得できる。また「LBGTQ」、「ルッキズム」という言葉を日常的に耳にする現在だからこそ、興味深く向き合える可能性だって高い。ただ個人的にベースレスのガールズ・トリオ・バンド、スリーター・キニーの音楽はとにかくシンプルに楽しみたい。彼女たちの七枚目のシングル「You’re No Rock n’ Roll Fun」(’00)。イントロの歌声一発で細胞が震えた。そして未だに聴く度、震えている。仕組みはよく分からない。でもこういう曲に出会うため、日々音楽を聴き続けていることは確実/真実。間違いない。轟音をぶちかます彼女たちも良いけれど、この曲の隙間がとても愛おしい。
【 You’re No Rock N Roll Fun / Sleater-Kinney 】
三.小林旭
その後数回、秋津へは足を運んでいる。もちろんまだまだ新参者。どうかお控えなすって。最近楽しかった店は「T」。売りは揚げ物らしいが、印象として椅子アリの立呑み。客の顔ぶれでムードは如何様にも変わるだろうけど、その日はとてもゆったり。いい感じにルーズ。仕切るのは韓国とフィリピンのオネエサン。彼女たちと喋りに来ている常連さんの話に耳を傾けていると、オネエサンが真顔で訊いてきた。「もしかしてアメリカ人?」。この歳になっても初めてのことがある。そんな気付きも貰いつつ、何となくダラダラと長居。カタコトだからこそのパワー、理屈抜きのコミュニケーションは痛快で、思わず新参者であることを忘れてしまいそう。
小林旭の歌は良いよ、と教えてくれたのは酒乱の芸術家。よく顔を合わせていた店を出禁になったので、会う機会がめっきり減った。彼曰く「あの軽さがいい」。そんな感じだっけ、と早速聴いてみたら確かに軽い。「昔の名前で出ています」(’75)、「熱き心に」(’85)等のヒット曲でも味わえるが、童謡や民謡を歌った時の突き抜けっぷりは痛快。ノン・シャランというか、セ・ラヴィというか。
そんな歌声の魅力を最大限に引き出しているのが、アキラ主演の映画『俺にさわると危ないぜ』(’66)のオープニング曲「アリベデルーチ・レオパルーダ・カリーナ」。もうタイトルからして堪らないが、内容は想定以上にパンキッシュ。一聴しただけでキラーチューン認定。言葉の意味が消失し、スタイルの印象だけが残る理屈抜きの快感を貴方にも。
【アリベデルーチ・レオパルーダ・カリーナ】
寅間心閑
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