世界は変わった! 紙に印刷された文字の小説を読む時代から、VRでリアルに小説世界を体験できるようになったのだ。恋愛も冒険も、純文学的苦悩も目の前にリアルな動画として再現され、読者(視聴者)はそれを我がことのように体験できる! しかしいつの世の中でも悪いヤツが、秩序を乱す輩がいるもので・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、極めてリアルな近未来小説!
by 遠藤徹
十、『三四郎』殺人事件
空前の大事件が起きたのは、その直後だった。ついに、俺のというか、わが社の危惧が現実化した。反聖文が動いたのだ。
「起きてよ。ほら」
やっと眠りに落ちたばかりの俺を、高満寺の無情な怪力が揺さぶり起こした。肩にめり込んだ指が、すんでのところで繊細な俺の肩甲骨を割ってしまうところだった。
「痛えなあ。なんだよ。俺はここんとこ一晩中寝たり起きたりで」
「それどころじゃないのよ。一大事よ、一大事」
高満寺の表情を見て、さすがの俺の眠気もふっとんだ。
「なにがあった?」
「殺しよ。殺人」
「どこでだ?」
「『三四郎』。漱石の『三四郎』」
ついにきたか。キャノンのどまんなか。聖典文学のどまんなかのひとつだ。
「で、犯人は?」
「反聖文よ、犯行声明が出てるから」
「いや、そうじゃなくって」
ほら、もうひとつの犯人だよ。
「だから、殺しの方。作品内の殺人者は誰かって聞いてるわけ」
「それがわからないのよ。三四郎か野々宮という可能性が大きいけど、原口とか広田だってわからない。与次郎かもしれないし」
「とすると、殺されたのは美彌子か?」
「いえ、その兄よ」
兄、というのは意外だった。確かほとんど作品には姿を現していないはずだったからだ。美彌子の夫の方であれば、少しは作品内に出ていたと思うのだが。
「ふーん、でも問題ないじゃないか。どうせ、殺人場面は描かれてないんだろ」
「ええ、警察がやってきて報告するかたちになってる。最後に美彌子が夫と、原口が描いた自分の肖像画『森の女』を見に来る場面よ」
「じゃあ、そこだけ削除すればいいんじゃないか」
そうなのだ。原文に割り込み文が挿入されただけなら、そこを削除すればすべて解決する。実際に殺人の現場が描かれていないのであれば、処置はより簡単なはずなのだ。
「それがだめなのよ」
「え」
まさか、という言葉が俺の脳裏に去来した。
「まさか、あれが施されてるのか」
「ええ、ロックされてるわ。暗号化されてるの。パスワードを挿入しないとアクセスできないようになってる。しかも、時限式よ。タイムリミットは二日間。発見時すでにカウントが始まっていたから、実際にはあと一日と二十時時間四十分。それまでに解除できなければ、ウイルスのリリースが開始されてしまうわ」
「まさか」
まさか、あれなのか? こんなに早く、テロは執行されたというのか?
「ええ、その通り。あなたがこの間体験した例のウイルスよ。見る間に『三四郎』は意味不明の単語の集積へと雪崩をうって崩れていくことになるわ」
「そいつは、漱石コレクションにとって大きな損失だな」
「そんなもんじゃすまないわよ。もし、感染が起こり、『三四郎』を解体した後ウイルスが播種爆発を起こしたりしたら、このハードディスク内のすべての漱石作品、そしてそれと同時代の明治文学がすべて破壊されることになる。つまり、日本文学そのものの危機なのよ」
なんとしても時間内にパスワードを見つけ出さねばならない。でもたった二日弱でそれが可能だろうか? ざっと一読するだけでも、けっこう時間がかかりそうなのに。
「おそらくそのパスワードは、下手人の名前ということになるな」
「そうだと思うわ」
「それにね」
「まだあるのか」
「ええ、さらに悪いお知らせがあるの」
聞きたくなかった。けれども、聞かないわけにはいかなかった。
「原典の代用になるはずの予備の作品にもすべて同じロックが仕込まれている。つまり、もしいま誰かが『三四郎』にアクセスしたら、ラストに挿入された部分はそのまま体験されてしまう。つまり、『三四郎』が、殺人事件の謎を含んだ未解決の推理小説ということになってしまうのよ」
「配信停止しかないだろう」
「ええ、一応その処置はとられてる。でも、人気のある作品だから、そう長くは放置できないわ。きっと苦情があがることになるから。できるだけ早急に解決することが必要になるわ」
「解読屋には連絡したのか」
「ええ、でも犯人捜しは専門外みたい。成功が保証できない仕事はお受けしかねるって、断られたみたいよ」
「ってことは」
「わたしたちが現場に直接潜って人物に直接当たっていくしか、方法はないってことになるわね。それにあれでしょ。あんた探偵なんでしょ。一応は。読解力っていう特殊能力持ってるって、いっつもふかしてたじゃない」
「くそっ、よりによってこんなに寝不足で頭が働かないときに」
「ぼやいてる暇はないわよ。あんた、管理局の評価では、戦闘力はゼロでも、読解力は十なんだから気張りなさいよ」
といっても、これまでその能力とやらを発揮する機会には恵まれてこなかったのだったが。すっかり、センスがなまってなけりゃいいんだけど。
「つまり、君の読解力はゼロってことか」
「当然よ。わたしの役目はそこにはないもの」
なんの引け目も感じていない様子の高満寺がうらやましかった。俺は戦闘力ゼロっていわれて、けっこう傷ついたもんだけど。
「よし、とりあえず頑張ろう」
「頼りにしてるわよ、読解力探偵さん」
明らかに嘲りを含んだ顔つきで、高満寺がにやりと笑った。
かくして俺たちは、『三四郎』にダイブすることになった。できるだけ早急に全文を再読=体験して、犯人像を絞り込む必要があった。かなり駆け足の読書=体験となることだろう。同時に、だからといって一瞬たりとも気を抜くことは許されない。俺の唯一評価されている能力、つまり原文に寄り添って、著者の意図を読み取る力が初めて試されることになる。推理を間違えれば、漱石文学が、いや明治期の日本文学がハードディスクごと破壊されることになるのだから。責任はあまりにも重大だった。二日以内に、できるだけ精緻に、そして的確に『三四郎』を読解し、美彌子の兄恭介が殺した犯人を挙げ、その動機をあぶりださねばならないのである。
夏目漱石の小説の中でも、『三四郎』はかなり人気が高い。『我が輩は猫である』『坊ちゃん』の次くらいには知られているのではないだろうか。
この物語は、明治四一(一九〇八)年の九月一日から一二月二九日にかけて朝日新聞に連載された。書籍化されたのはその翌年のことであった。
どういう時代であったのかを、少しさらっておくならば、日清戦争が明治二七(一八九四)年、第一次日英同盟成立が明治三五(一九〇二)年、日露戦争が明治三七(一九〇四)年、第二次日英同盟が明治三八(一九〇五)年に起こっている。ちなみに、韓国統監を辞任した伊藤博文がハルビン駅で射殺されるのは、連載の翌年である明治四二(一九〇九)年のことであり、幸徳秋水らの社会主義者が逮捕されて処刑されるという大逆事件が起こるのがさらにその翌年明治四三(一九一〇)年のことであり、同じ年に日韓併合も行われている。
ここから見えてくる社会的事情は、開国して欧化路線を進みつつあった日本が、日清日露両戦争の勝利をきっかけとして、西欧列強と同様に植民地を獲得しようとし始める時期、つまり帝国主義への路線をひた走り始めていた時期ということになる。
おもしろいのは、九月一日に掲載された冒頭の場面は、三四郎が九月一日から始業する大学に入学するために上京する列車の場面となっていることであろう。つまり、作品内の時間と、現実の時間がかなり近似値的に合わされているのである。以後小説の中の季節と、連載が行われている新聞のなかの季節とがほぼぴったりと一致したまま連載は進行していったわけである。
従来、この物語は、三四郎という田舎出身の若者が、東京という都会でいろいろなことを経験して成長していくという教養小説として受け止められてきた。けれども、VRの時代となり、読書が物語を「目で追う」ものではなくなり、「全身全霊で体験する」ものとなったいま、その見方は大きく変容していることをまず伝えておく必要があるだろう。
(第10回 了)
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* 『虚構探偵―『三四郎』殺人事件―』は毎月15日に更新されます。
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