文學の森の北斗賞を受賞された藤原暢子さんが「リレーエッセイ 今を詠む VOL.10「おやつ」を書いておられる。「かつて住んでいた国ポルトガル。夕食の時間の遅いこの国では、夕方に軽食を取る習慣がある。街中のどのカフェにも、小腹を満たすのに手頃なおやつ、お菓子やスナック類が、ショーケースにずらりと並んでいる」とある。
藤原さんはポルトガル大好きなようだが、あの国はとってもいい。藤原さんと違い旅行者として数日滞在しただけだが、のんびりとした空気感がたまらなく心地良かった。ポルトガルに行く前にマドリーにいてスペイン人の知り合いに「これからポルトガルに行くんだ」と言うと、目を丸くして「どうして?」と聞かれた。戸惑いながら「近い(比較的ね、スペインはやったらと広い)からね。面白そうだし」と答えると、
「なーんもないよ」
「なんもないって?」
「見る所も遊ぶところもなんもない。スペインの方が楽しいよ、やめときな」
と大真面に言われた。隣国同志仲が悪いのは日本だけじゃないんだなぁと改めて感じたのでした。
演歌ともイスラームの朗唱ともつかないような唸り節のファドが好きで、生演奏をしている酒場に行くともう最高だ。なにを言ってるのかさっぱりわからないが、中年のおじさんおばさんが寄ってくる。どうもファドが好きな外国人が嬉しいようで、とにかく「サウードゥ!」と乾杯してワインを飲んでへべれけになれば楽しい時間が過ごせる。もちろんどこの国にも悪いヤツはいるわけだが、裏通りに行かなければポルトガルは比較的安全だと思う。
加藤郁乎がポルトガルに行ったことがあるのかどうかは知らないが、「昼顔の見えるひるすぎぽるとがる」は呑気なポルトガルの感じをよく表していると思う。藤原さんは現地在住の日本人の友だちと「リスボン音頭」を制作しておられるようだがぜひ聞いてみたい。で、藤原さんの俳句。
夏濤の音あり時差に慣れてゆく
「夏濤」は藤原さんとしてはちょっと固いかな。「春服の体の空へ近づきぬ」の伸びやかさがウリの俳人である。芭蕉は「俳諧は三尺の子にさせよ」と言ったがこれはもちろん比喩である。要はあんまり技巧をこらして上手い俳人になっちゃいけねーよと言ったわけだ。もち一句だけ取り上げてどーこー言うのは野暮なので妄言多謝である。
今号には「特集 文語と口語~それぞれの魅力」が組まれている。なぜ俳句は文語体なのかという設問は、俳句界では永遠のホットドックプレス的循環テーマである。要するにいくら分析しても正解はみつからない。デートに正解がないのと同じですな。特集には「文語と口語、名句ピックアップ」も掲載されている。加藤かな文さんが選んだ文語と口語の句は以下の通り。
大いなるものが過ぎ行く野分かな 高濱虚子
くろがねの秋の風鈴鳴りにけり 飯田蛇笏
雁や残るものみな美しき 石田波郷
どの子にも涼しく風の吹く日かな 飯田龍太
*
街の雨鶯餅がもう出たか 富安風生
戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡邊白泉
じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子
経験の多さうな白靴だこと 櫂 未知子
もうお一方、依田善朗さんが選んだ文語と口語の句も引用します。
大いなる手袋忘れありにけり 高濱虚子
外套の襟立てて世に容れられず 加藤楸邨
桜咲き杉の花粉もしづまれり 右城暮石
失意の日白靴よごれやすきかな 草間時彦
*
手袋の片つぽがない君が居ない 大木あまり
いつも背見せる冬の背広の記憶がない 田邊香代子
分校に花粉症などいなかった 山﨑十生
経験の多さうな白靴だこと 櫂 未知子
俳句では文語が良いのか口語が良いのか、二者選択を迫るとややこしいことになる。ほとんどの俳人が文語体で俳句を書いているはずだが、句集を出す時には最低でも数句は口語体の作品を混ぜるだろう。俳句は文語体が中心で口語体はそのアクセントである。
つまり俳句は文語体が基本なのであり、技巧云々ではなくそれによって何を表現しようとしているのかが問題の核心となる。加藤かな文さんも依田善朗さんも文語体の秀句に虚子を選んでおられ初五は「大いなる」である。これは示唆的で俳句の文語体は大いなるもの、つまり過去から現在までを貫く大いなる流れ――日本文化の根幹のようなもの――を表現しようとしているのだと言える。文語体に対比させれば口語の俳句は文字通り俳人の現在で、それゆえ俳人の心理や精神状態、あるいはごく短い特定時間の社会状況を表現しやすい。
文語体俳句で日本文化の大いなる流れを表現しようとすれば、必然的に俳人の個性は抑圧される。しかし俳人の個性(自我意識)を前面に出せば俳句は実に嫌味でガタガタとした歪な表現になってしまう。俳句ではわたしが僕がの主張をグッと堪え、サラリと数句の口語俳句でそれを表す方がスマートだと思う。それをやるには俳句にあまり多くを期待しないこと。その諦念から俳句の表現は広がるだろう。俳句は逆接の文学だからである。
岡野隆
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