「世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!」真田寿福は物語の効用を説く。金にも名誉にも直結しないけれど、人々を健康にし、今と未来を生きる活力を生み出す物語の効用を説く。物語は人間存在にとって一番重要な営為であり、そこからまた無限に新たな物語が生まれてゆく。物語こそ人間存在にとって最も大切な宝物・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、かつてない物語る物語小説!
by 遠藤徹
7.ワン・オン・ワン物語合戦(四)
もちろん賛否両論というか、むしろ怒りの声が大きかった。国民的番組に対する侮辱だという声が大きかった。けれども、そうした騒ぎゆえに、物語は注目を集めてしまい、閲覧数がうなぎ登りになった。「これは物語テロである」との判断が下され、発信者への逮捕状が出された。テロ等準備罪の適用が認定されたわけだ。ところが、国家が雇用する一流のハッカー達の力をもってしても、その発信元を突き止めることはできなかった。やがて、その原因が明らかになった。IPアドレスを勝手にランダム化し、つなぎ替えてしまうウィルスが遍在していることが判明したのであった。
この事件によって明らかになったことのひとつは、国家がネット空間を常に監視しているということ。そして、世を騒がす物語は「テロ」とみなされるようになっているという事実であった。けれども同時に、次のことも明らかだった。
ウィルスが猖獗を極め、対策が完全に出遅れているいまなら、物語を自由に発信しても安全だ!
いずれウィルスは駆除されるだろう。それまで一時的な解放区となったネット空間には、抑圧されていた無数の物語が溢れ出した。
「老人人口の増加を憂えた国家Jは、ついに爺衛隊の創設に踏み切った。貴重な国の資源である若者を、国防のために最前線に送り出すわけにはいかないという配慮からである。実際、少子化の影響と、医療技術の進歩によって、平均寿命はついに女性が百才に到達、男性もまた九十三才という驚異的な長寿国家となった国家Jであった。
「いまや、国民の六割が年金生活者です。このままでは、国家の財源は老人への福祉でパンクしてしまい、それを支えるたった三割弱の労働人口は、疲弊していくばかりです」
総理大臣は、そのように演説を始めた。
「それでは、いかにすれば、この歪んだ国家、病んだ国家を正常化できるのか? 皆さんよおくお考えください。われわれはこの問題に関して、特別の諮問委員会を設置し、長きにわたる議論を繰り返してきました。そして、この結論に到達したのです。すなわち、自衛隊の廃止と、それに代わる爺衛隊の創設であります。これにより、高齢者皆兵制を創始し、血税で生かしておいてもらいながら、やれ旅行だ、やれ婚活だ、やれ健康体操だ、やれ援交だと浮かれ遊んでいる高齢世代を、その任につかせるという決断に踏み切ったわけであります」
年金受給年齢に達したすべての男性国民に、その翌春から軍事訓練への参加が義務づけられた。女性国民もまた、年金受給年齢に達した年から後方支援を担当する姥立山への参入が義務づけられた。これは、もはや老女は山へ捨てられる存在ではなく、自ら立ち上がって連帯し、山のような力となって国家に奉仕するという意味だという注釈がつけられた。さらに男女共同参画の観点、男女平等の観点から、男性でも志望すれば姥立山への参加が認められ、逆に女性でも爺衛隊への加入が許可されることになっていた。
訓練は過酷を極め、また姥立山の労働時間も気が遠くなるようなものであった。「老人に、生きる意欲と、やりがいを。そして、やりぬく気力と体力を!」という標語の下、若い教官たちによって、老人たちは厳しく律せられ、鍛えられた。脱落者は、容赦なく暴行を受け、脱走者は容赦なく銃殺された。生かして投獄するとまた税金が浪費されるためであった。
すでに憲法九条は廃案となっていた。なぜなら、経済の立て直しを図った国家Jは、軍需産業を基幹産業として認定したからである。
「平和維持」という言葉がやたらと使われるようになった。要は、他国の紛争にどんどん介入していって、これを終結させようという趣旨であった。これまで、軍事行動に消極的だった国家Jであるが、爺衛隊と姥立山の結成以後は、きわめて積極的に他国の争いに首を突っ込み、軍事行動に踏み込んでいくようになった。
戦死者は後を絶たず、英霊の数は日を追うにつれて増えていった。同時に、国家Jは自国の爺衛隊のみならず、交戦相手の国家にも秘密のルートを通じて自国の兵器を売り込んだ。つまり、どの戦線に行っても、爺衛隊は、自分たちと同じ兵器を持った敵と戦うという仕儀に至ったのである。しかも、その闘いは膠着し、長引くのが常であった。終結しそうになると意想外のテロや事件が降って湧いたように発生し、再び戦端が開かれるという具合なのであった。高齢化が進む先進国は、いずれも軍の主力を老人に切り替えていったため、老人軍と老人軍とが対峙し殺し合うという場合も多かった。アフリカの内戦などでは、国家Jの老人部隊が、ゲリラ組織の少年兵と戦うという悪夢のような事態も日常茶飯事となった」
この物語は、ことのほか注目を集めた。なぜなら、実際、高齢者徴兵制の計画が、実際に進行しつつあるという噂が流れていたからであった。
「若者諸君。この国はわれわれが護る。君たちは国を作れ!」
有名な高齢俳優を使った、そんな政府広報CMが製作中だという噂もあった。当局は、この物語もテロであると判定し、発信者を探すという空しい努力を続けた。
ようやくミスター・ノーバディと名付けられたこのウィルスがおおむね無力化されたころには、すでに人々は物語ることの自由に目覚めてしまっていた。今度は、ナラティブ・ハッカーズという新種のハッカーが出現し、公の機関や、大企業のホームページの内容を書き換えてしまうという事件が次々と起こった。
「わたしたちは、地球環境を私物化しています。環境に優しい省農薬の種を販売していますが、この種はわが社の環境にやさしい肥料とわが社の環境に優しい農薬でしか育ちません。植え付けと収穫にもわが社が開発した特殊な機器を使用する必要があります。発展途上国の開発援助に協力するという名目で、これらの国々にわが社の種を売りつけ、完全顧客化に成功しています。強力な反対者はおりません。わが社のすぐれた説得技術で、最終的には誰もが納得、あるいは沈黙するからです。時には永遠に沈黙することになる方もおられますが(笑)。環境に優しいわが社の製品を、皆様どうぞおひきたてくださいますよう」
ある高名な多国籍企業のホームページがこのように書き換えられたこともあった。企業側は即座にホームページの修復を行ったが、翌朝にはまた、新たな書き換えが完了していた。
「現在、われわれはわが社のホームページの改竄者を血眼になって探しております。改竄者を探し当てた暁には、その体を生きたまま本社前の花壇に埋める予定です。その体には人体に根を張る特殊な植物を植え付けます。根は真皮を貫き、内臓にまでひげ根を張り巡らせます。その痛みたるや、想像するのは遠慮しておきたいレベルです。われわれは、われわれを侮辱した者、いやわれわれの真実を暴いた者を許しはしないのです。
三か月後、本社前の花壇には、真っ赤な花が咲き誇ることでしょう。それはそれは美しい花、常に勝つことしか知らないわが社の勝利を祝する花です」
このページには音声リンクが貼られており、そこをクリックすると、同社のCEOがまさにこれと同等のことを口走ったことが公にされる仕組みになっていた。
企業側はさらにさらに慌ててホームページを修復したが、その翌日にはまた・・・という具合であった。
「不信のウィルスが、ネット空間から人々の意識に入り込んでしまった」
国家は危機感を強めたが、もはや変わり始めた人々を再洗脳することは困難になりつつあった。
〈後方:高山邦夫〉
笑止千万。
われら言霊師の一族にとって、人心を操るなど造作ないこと。
すぐにも犯人は特定される。なぜなら、真犯人である必要などないからだ。
ほんとうに、その物語を作った人物である必要などは無い。
一度「こいつが犯人だ!」と声を荒げて糾弾してやれば、その人物が否定すればするほど、「怪しい」、「盗人猛々しい」、「反省の色がない」、「これだけ否定すると言うことはやっぱり黒なんだ」、と国民の感情はほっておけばおくほど高まっていくことだろう。そして、その頂点で、「証拠不十分」ということで犯人と目された人物をあえて釈放する。するとどうなる? そう正義漢どもが勝手に天誅を下してくれる。仮にそうならなかった場合には、鉾の会を使えばいい。そう、惨殺だよ。できるだけ残酷な方がいい。それだけ扇情的になるからな。それは「正義派」の連中には快哉を叫ばせ、さらなる忠孝心を高めることにつながるだろうし、物語テロに淫している輩には恐怖心を植え付けることになる。そう、疑われたら終わりなんだという恐怖をね。そうなればどんなに高まろうとしていた波も、盛り上がろうとしていた熱もすぐに冷めてしまう。
そういうもんだろ?
我々は手を緩めないよ。そこにすかさず、別の事件を頻発させる。芸能人の麻薬所持でもいい、スポーツ選手の闇賭博事件でもいい、目ざわりな野党議員の不祥事でもいい。もちろん場合によっては、もっと下世話な芸能人の不倫や、意外な性的嗜好を暴露する場合もある。
いや、ちがうね。そういう事件はたまたま起こるんじゃないんだ。突発的に起こるわけじゃない。どれも「起こってしまう」んじゃなくて、われわれが「起こしている」んだよ。つまり、常にわれわれにはそういうネタのストックがあるというわけさ。これまでだって、重要な政治法案を通すときや、与党の不祥事で追い詰められそうになったときに、このカードを切ってきた。使うネタは、その時もみ消すべき事件の大きさによって加減する。つまり、大物芸能人が逮捕されるときは、いつだってその裏でこっそりと重要法案が通されたり、不祥事の鎮静化が測られてるってわけさ。もちろん、あえて野放しにしておいた異常者を刺激して猟奇事件を起こさせる場合もある。偶然必要な時期に突発的な惨事が起こればそれに超したことはないし、天災が起こればそれも格好の材料となる。
わかってるだろ? つまり、国民ってのは「理性」的存在じゃないんだ。「感情」的存在なんだよ。だから、操るのはとても簡単なんだ。恐怖、憎悪、怒り、嫉妬、そういった感情を煽り立てれば、国民は簡単に動くのさ。
さあ、そういうわけで、わたしの物語を続けるよ。これは、物語でありながら現実でもある。わたしの物語は言霊なのだから。
ついにその時が来た。
「終わっちまったな」
苦悶の表情のまま、動かなくなった山田孝夫の身体。すでに、彼の信奉者たちはすべて地上の人ではなかった。ひとり息を引き取る度に、その末期の変わり果てた姿の映像が、山田の元へと届けられた。自分のなした愚行への反省を促すためだった。拷問官にとっては囚人何号という数字でしかなかったそれらの死体に向けて、山田は「ああ、村田さん、あなたもここにおられたのですね。おいたわしい」「ミッチさん、なんて痩せてしまったんでしょう。あんなにふくよかだったあなたが」「くるみさん! まだこんなに若いのに。なんて痛ましい姿でしょう」などと、一人一人その名を呼んで嗚咽した。
山田はどんどん憔悴していき、ついにはもう水をぶっかけても反応しなくなった。すでに食事は数日前から断たれていた。水だけは口に突っ込まれた漏斗から、死ぬほど飲まされていただけれど。
そして今日、
「おい、起きろ。また楽しい一日の始まりだ」
そんな風に声をかけた拷問間の一人が、すでに彼が息絶えていることに気がついたのだった。
これで終わりだ。敵役が死んでしまったのだから、もう物語は紡げない。
(第23回 了)
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* 『物語健康法(入門編)』は毎月14日に更新されます。
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