「世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!」真田寿福は物語の効用を説く。金にも名誉にも直結しないけれど、人々を健康にし、今と未来を生きる活力を生み出す物語の効用を説く。物語は人間存在にとって一番重要な営為であり、そこからまた無限に新たな物語が生まれてゆく。物語こそ人間存在にとって最も大切な宝物・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、かつてない物語る物語小説!
by 遠藤徹
7.ワン・オン・ワン物語合戦(五)
〈右方:山田孝夫〉
いや、終わらないよ、残念ながらね。
ついにやっちまったな、君はとてつもな~いミスを犯しちまった。
なんのことかわかるかな? わっかんないだろう~な~。
どういうことかっていうとさ、君がぼくを殺しちゃったってことだよ。でも、ぼくはこうしてまだ語ってる。死者なのに語ってる。どういうこと? え、どうなっちゃってるの? う~ん、これって矛盾じゃな~い? ありえないことじゃな~い? でも、起こっちゃってるぅ。そしてもう取り返しはつかないのだぁ、あっはっはぁ。ふっふっふっふっふぅ。どうだぁ、参ったかあってね。
わかる、これ? 君はぼくを殺しちまった。だけどぼくはこうしてまだ語ることができる。つまり、君はもうぼくを黙らせられないってこと。君にとっていまの僕は手の届かないところにいるってことなのだぁ。うふふふ、えへへへ、いひひひ。だってぼくは死者だからね。あっち側の人だから。もう君に僕を殺すことはできないぜぇ! へっへっへぇ。わかるかい、ぼくは生ける死者、死後の生者となったわけだ。それもゾンビじゃない。なにしろぼくは語るから。
さあ、みんなもう起きていいよ。
そんなぼくの呼びかけに応じて、村田さんが、ミッチさんが、くるみさんが起き上がる。もっと前に死んでいた、田代さんも、フーミンも、チッチも、飛鳥さんも起き上がる。ぼくの仲間だった人たち、ぼくを信じてくれてた人たちが、続々と、連綿と、陸続と、ぞわぞわっと、「ふわわあ~っ、よく寝たぁ、いやよく死んだぁっ!」と起き上がって、物語始める。さあ、聞くがいい、ぼくたちの物語を。死者たちが朗々と語る物語を。
はい、ではどうぞ、そこの赤い服の女性の方。はい、あなたです。ええ、そうですか、あなたは二週間前に亡くなったのですね。そうです。あなたはいま物語の世界の住人なんです。確かにこの物語のなかで拷問を受けて殺されました。でも、幸いなるかな! そこはあくまでも物語空間でありました。虚構バトルのただ中での死でありました。だから、わたしたちは物語の力によって蘇ることが出来た。VIVA!物語空間! なにしろ、ここではすべてが可能なのですから。だから、あなたはいま死んだのに語る存在として、この物語世界に登場しています。もう大丈夫。高山さんには手を出すことは出来ません。彼の物語はあくまで、リアリズムに固執するものであるからです。自ら物語に枠をはめたがために、彼はもう手出しすることができないのです。
だからさあ、どうぞご自由に物語ってください!
「真田先生、ありがとうございます。わたし因幡ウサギです」
「ペンネームですか?」
「さあ、どうでしょう? わたしはいまそう名乗りたいし、そう呼ばれたいんです」
「わかりました、では、因幡ウサギさん、どうぞ語ってください」
「あの」
因幡ウサギと名乗った女性は、少しためらいがちにわたしを見つめます。
「なんでしょう?」
「もしここが物語空間であるのならば、すべてが可能なのですよね?」
「ええ、そうですとも」
もちろんわたしはうなずきます。その通りだからです。
「じゃあ、わたし、ひとつこの世界を塗り替えたいです。もう一度、先生があのとき作られたお花畑に変えたいです」
「かまいませんとも。どうぞ」
彼女はぱっと顔を輝かせます。それがもうすでに一輪の花です。
「ありがとうございます。では、申し上げます。いま、世界は急激に変化していると。真っ白だった壁が、血に染まっていた世界が、再び色づいていきます。花が咲き誇り、世界が花に包まれ、花の香りがあふれかえり、いま世界は充満し、充実し、息を吹き返しました。なんという美しい世界でしょう。なんという居心地の良い世界でしょう!」
「ああ、ほんとうですね。ありがとうございます。わたしたちの居場所が、再び楽園となりました。バラードの『結晶世界』ならぬ『花園世界』です。確かに、こういう雰囲気のなかでこそ、物語る悦びもいっそう高丸というものですね」
すでに彼女は目を閉じている。鼻からすうっと吸い込んだ息を、うっすら開いた唇のあいだからゆっくりと吐き出してゆく「催話紡筋」の呼吸法である。三度それを繰り返すと、彼女はにっこり微笑んで目を開いた。準備ができたという合図だった。
「整いましたね」
「はい。それでは参ります」
彼女は嬉々として語り始める。みずから花畑へと模様替えした世界のただ中で。
「一人の若い研究者が、アフリカで画期的な生物を発見した。
原住民の間にある「食べなくても死なない」猿の種族の噂を耳にして調査に来ていたのだ。彼らによると、あるとき村の神木から果実を奪った猿を捕獲した。罰として、その猿は飢え死にさせられることになり、檻に入れられた。ところが、その猿はいつまでたっても死なないばかりか、何もたべていないのに痩せることもなく、健康なままで居続けたというのだ。不思議に思った村人は、他の猿を捕まえて同様に檻に閉じ込めてみた。その結果、この猿もまた平然と生き続けたという。やがて彼らは気付いた。この猿こそが神なのだと。だから、神木の果実を取る権利があったのだと。彼らは猿たちに謝り、丁重にもてなした上で森へ返した。そういう話だった。
しかし、研究者は科学者だからそんな迷信は信じなかった。そこにはなにか科学的な裏があるはずだと踏んだ。猿たちを捕獲して調べる内に、彼らの腸内に等しく一匹の細長い寄生生物が居ることに気付いた。
大胆にも彼はその寄生生物を自分の体内に入れてみた。
研究者は、やや太めだったのだが、すぐに痩せ始めた。けれども、それ以上痩せすぎるということはなかった。それに、なんだかとても体調がよくなった。もっとも調子のいい状態がその後ずっと続いた。
あるとき研究者は、調査の途中で山の断層に落ち込んだことがあった。彼が戻らないことを心配した仲間がレスキュー隊を呼んだ。山深い場所ということもあり、レスキュー隊が彼を見つけ出すまでにはなんと一週間もかかった。その間研究者は飲まず食わずだった。ところが、やっと救出されたとき研究者は、衰弱しているどころか、いつもと同じ健康状態だった。飢えも渇きも感じなかったと研究者は語った。そして同時に、彼は確信していた。それが何を意味しているのかについて。
彼が猿から取り込んだ寄生生物が鍵だった。
なるほどそれは寄生生物だった。だがむしろ、寄与生物と呼んだ方がよいような能力をもっていた。同じ親から生まれた仲間のあいだで、寄主から奪った栄養を共有できるというシステムを持っていたからである。いかなる仕組みで、一匹が吸収した栄養を、他の個体に送ることができるのかは不明だった。ただそれぞれの個体は生存と再生産に必要な分だけを自らが利用し、残りの栄養は別の個体に送ることができる。そういう仕組みだった。
さらに、栄養を送られた方の個体も自らの生存と再生産に必要な分だけの栄養を吸収する。その後の行動は二種類に分かれる。寄主がすでに栄養過多である場合は、その余分な栄養は仲間の個体へと送られる。逆に寄主がまだ栄養が十分でない場合は、その栄養を寄主に分け与える。なぜなら、寄主が安定的に生存することが、寄生者にとっても安定的な生存環境が維持されることにつながるからである。
これは画期的な発見だった。けれども、彼はこれを発表することはなかった。
代わりに彼は会社を設立した。
そして、アメリカでは「パーフェクト・ダイエット」という医薬部外品としてネット販売を開始した。FDAの検査時には、通常の植物由来の成分が入ったタブレットを提出したが、実際に売られたものはそれとは成分が異なっていた。
アフリカや南アジアなど世界の飢餓地域では、「パーフェクト・ダイエット」を無料配布した。ビタミンやアミノ酸など健康成分がたっぷりだと説明した。
すぐに評判になった。
肥満体国だったアメリカでは、みごとにダイエットを達成した人たちの喜びの声が次々と上がった。どんなに食べても太らない、たった一錠飲んだだけなのに効果がずっと続いていると大評判になった。
同時に飢餓地域でも、この錠剤を求める人の列はさらに増えた。何も食べなくても健康体になっていく人々が大量に出現したからだった。
やがて、薬の正体が暴かれた。それが寄生生物の卵であることが露呈した。
けれども研究者はひるまなかった。
自分は確信犯だと語った。
この生物こそが福音なのだと述べた。不均衡が改善され、飢えが解消される。先進国の人たちはただ食べるだけで人助けが出来る上に、自分も健康体になれる。
支持の声があがり、研究者は逮捕を免れた。
彼は製品名を、その生物の正式名称に変更して売り出した。
製品名は「パーフェクト・シェア」だった」
ああ、ありがとうございます。因幡うさぎさんの物語でした。ステキです。パーフェクト・シェア! そう、いま物語存在そのものとなったぼくたちは、物語でできている。そして、ぼくたちはその物語をシェアし合うことでお互いの存在を確かめる。生死の境を越えたぼくたちは、遍在し、どこにでも出没できる。
たとえば、ぼくたちの物語は、ネット空間に溢れ出すだろう。送られてきたメールを開いた人々は、そこに思いも寄らぬ物語が綴られているのに驚き、夢中で読み、それを知っている限りの友人に転送するでしょう。さらにそれをコピーしてSNSに貼り付け、それは拡散に拡散を繰り返して、どこまでも広がっていくでしょう。
たとえば、ぼくたちの物語は風に乗って人々の耳へと語りかける。風が歌うのを聞いた人たちは、それを思わず口ずさみ、それはまた別の人の耳に入って口ずさまれ、そうやってメディアを媒介することなくしても、街中へ、そして街から街へと広がっていくでしょう。
たとえば、ぼくたちは街角の商業目的の看板のキャッチフレーズを物語に置き換えてしまう。商品の写真につられて看板を見た人たちは、そこにまったく別の物語を感じ取り、それを友人に伝えるでしょう。そう、伝えられていくのは商品のことではなく、物語。すてきな、心躍る、そしてどこにも売っていない物語なのです。
たとえば、ぼくたちの物語は、駅名の表示板にだって、薬の注意書きにだってどこにでも現れるでしょう。返却された試験の答案までがいつのまにかぼくたちの物語になっている。いつも聞いているJ―POPが聞いたこともない新しい物語になって、入り込んでくる。
ぼくたちは消えない、なぜならぼくたちは物語だから。そして、物語を滅ぼすことはできない。なぜなら、人間は物語を食べて生きているから。物語なしでは生きることができないから。さあ、だからどうせなら、身体にいい物語を食べましょう。心に効く物語を食べましょう。悪食も時にはいいけれど、基本的には身体においしい物語を食べようではありませんか。
さあ、みんな集まって、そしていっしょに声を合わせましょう。
皆さん、おはようございます。こんにちは。こんばんは。あらゆる時間にごあいさつします。あらゆる瞬間に呼びかけています。どうでしょう、皆さん、聞こえてますか、ぼくたちの声が? 届いていますか、ぼくたちの物語が。
さあ、健康のために、物語りましょう。早寝早起き快食快便そして、楽しく物語りましょう。そうなんです、物語ることこそが、あなたの健康の源なんです。
これでわたしたちの物語は終わります。『物語健康法』と称した、ぼくたちからの物語はこれで終わります。次はあなたの番です。
はい、次はあなた!
いま「催話紡筋」の呼吸法を始められた、あなたが語る番ですよ。
では、どうぞ。始めてください!
世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!
(第24回 最終回 了)
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* 『物語健康法(入門編)』は毎月14日に更新されます。
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