「世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!」真田寿福は物語の効用を説く。金にも名誉にも直結しないけれど、人々を健康にし、今と未来を生きる活力を生み出す物語の効用を説く。物語は人間存在にとって一番重要な営為であり、そこからまた無限に新たな物語が生まれてゆく。物語こそ人間存在にとって最も大切な宝物・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、かつてない物語る物語小説!
by 遠藤徹
5.鉾の会(中編)
「そう、仲間たちが常に新しい情報を提供し、新しい意見を付け加えることで、どんどん変容していく物語だ。この世界に暮らし、この世界で働きあるいは学びながら、同時にこの世界のありうべき別の姿を思い描くっていうことだ」
「そう、セミナーでの『優雅な死体』セッションのより現実的なかたち。より現実を見据えたかたちだと言っていいだろうね」
「なんですか、『優雅な死体』セッションって?」
「ああ、これはね、先生のセミナーでおこなわれてたいろんなセッションのうちのひとつなんだよね。元々は一九二〇年代フランスでシュルレアリストたちがやってた遊びみたいなものなんだけどさ。一人がちょこっと描いた絵に、別の人が描き足し、さらに別の人が描き加えって感じで、共同制作された絵画のことなんだ。先生のセミナーではこれを物語に応用して、誰かが語り出した物語を、順に別の人が引き継いで語っていくっていうかたちをとるんだ。先がどうなっていくのかまったく読めないところがとってもスリリングだし、予想外の展開になることが多いから、実に想像力を刺激されるんだよね」
「うれしいです」
エアリーさんが、ふいに涙目になった。
「あれ、だいじょうぶ、エアリーさん。なんで泣いてるの」
「うれしいんです。やっと同志に巡り会えたって気がします。皆さんのような仲間をこそ、わたしずっと求めてたんだって」
「いや、大したことはないよ。だって、俺たちデモ行進したりとか、ネットで政治的なギャグとかパロディ物語を発信したりとかしてるだけで、実質世の中にあんまり影響与えてないし」
「っていうか、あからさまに無視されてるわよね」
「でも、楽しいよ。うん、充実してる」
「そう、一人で編む物語もいいけど、こうやって仲間とつながって、こんな風に自由気ままに議論して、そしてみんなでああでもないこうでもないって物語を作っていくのってほんと楽しい」
「俺は、呑み会が楽しくて来てるだけだよ。女の子とも話せるし」
「とかいって、バンディットさん、けっこう積極的に物語醸してるじゃないですか。この前の『スーパーマン極東配置』とか、結構受けてましたよ」
「ああ、あれ見ました、わたし。っていうか、あれ見てコンタクト取らしてもらったんですよね」
エアリーさんに、熱い視線を送られてバンディットさんと呼ばれたバンダナの髭おやじは照れ臭そうに頭をかいた。
「いやお恥ずかしい。あ、やめて。俺女の子に見つめられるとオーバーヒートして炉心溶融(ル、メルトダウン)しちゃうから」
「歩く原発かいな、あんた」
「え、どんな話だっけそれ」
「なんだ、見てないの。これだよ、これ」
中年サラリーマンっぽい男が、タブレットで表示された『ナラティブ・オルタナティブ』というサイトの記事を見せた。
「ああ、これか。見た見た。笑えたよね」
「ちょっと見せて」
金髪ギター少女が、朗読し始めた。
「『 ついにスーパーマンが来日した。
当然、国内各所では、かつてなく激しい反対運動が行われた。けれども、すべては無効に終わった。安保条約の名の下に、ついに憲法九条が「改正」されたのを受けての措置であった。
「極東有事に備え、貴国を守るための措置である」
安保条約の相手国大統領は、そう述べた後、自らのキャッチフレーズである「キープ・アメリカ・グレイト!」のポーズを決めてみせた。
スーパーマンは、究極の人道的かつエコな兵器であると謳われていた。
素材は、死刑囚であった。裁判の結果、二十回以上の死刑を執行すべしという判決を受けた囚人の中から希望者が募られた。
「贖罪の死か、それとも英雄となるかを選び給え」
死刑囚たちには、そのような呼びかけがなされたという。つまり、志願しなければ、自分の罪を償うために死刑になる。けれども、志願すれば死刑を免れるばかりか、英雄として国を守ることができる、というわけである。
志願者たちには、「ああ、こんなことなら志願しなければよかった」と思うような、二十回以上の死刑よりもつらい身体改造が施される。ただし、新薬投与や寄生生物の注入といったきわめて「安価」な方法でこの身体改造はなされる。最後に、心理療法が施されて、スーパーマンは完成する。
国防大臣は、得意げに解説した。
「そもそも死んでいるはずの人間を使っているし、他の兵器のように幾何級数的な価格がつくわけでもなく、環境にも優しい」
だから、「人道的」かつ「エコ」であるというわけである。
有事には、身体能力を限界以上まで引き出され、潜在能力を徹底的に開発され脳の活性度が百パーセントに近くなるとされる彼らは、音速で飛行し、素手で走ってくる列車を止め、高層ビルを飛び越えることができるようになる。皮膚の強度も異常な固さとなり、銃弾すらはねつけてしまう。文字通りスーパーマンとなるのである。
宣戦が布告されると、敵国に彼らが投入される。祖国を飛び立ったかと思うと、あっという間に敵国上空に到着し、戦闘機を蹴りとばし、ミサイルを投げ返し、戦車を尻でつぶし、敵国を完全に蹂躙しつくす。一度能力が解放されると、彼らを押さえるすべはない。すべてのエネルギーが発散され、廃人となってその場にへたり込むまで、彼らの破壊は終わらない。
「一人のスーパーマンが、水爆数十個に匹敵する」
つまり、核の脅威から人類を解放してくれるのだと国防大臣は誇らしげに語った。
ただ、この能力解放は、いざというときまで行われないよう慎重に管理する必要があった。暴走するときわめて危険だからである。そのために行われるのが強力なマインドコントロールであり、常の彼らはただの手のつけられない乱暴者程度の存在でしかない。
いまにも爆発しそうな能力を抑制するためには、食欲、性欲、睡眠欲の三大欲望を完全に満たしてやる必要がある。ひっきりなしに彼らは食べ飲みそして交わり、死より深いとされる眠りを貪る。基地内の、「接待室」と揶揄される「格納庫」にはひっきりなしに各種各国料理がケータリングで運び込まれ、一日につき百人の娼婦(好みによっては男娼)が派遣されねばならない。また、元の人格が凶暴であった場合、それらの食料給仕係や娼婦(男娼)たちには「多少、度を超した行為」がなされる可能性も指摘されていた。
「やがて受けることになる恩恵に比べれば、軽いおふざけにすぎない」
この件について、国防省は、そのように軽い声明を出すにとどめた。さらに、彼らが睡眠時にあげるいびきには、人体を蝕む超低周波が含まれる。このいびきにさらされた者は、嘔吐から失神に至る神経障害や、内蔵の下血などの身体的被害を被るとされていた。そのため、強力な防音壁で接待室、いや「格納室」は包まれねばならない。
「これでは、製造費は安上がりでも、維持費が馬鹿にならないではないか?」
そんな非難の声が挙がるのは当然のことであった。
「何の問題もない」
国防大臣は、こともなげに答えた。
「そのために、安保条約があるのではなかったかね?」
「スーパーマンなんかいらない」
「音速で自国へ帰れ!」
プラカードが林立し、デモが行われるなか、囂々たる非難の声をものともせず、スーパーマンの極東配置は強行された。
日本最南端の基地に、特別機が到着した。国内各基地間での、熾烈な押しつけあい合戦の結果、もっとも力の弱い県がいつものように、割を食ったかたちであった。
ハッチが開き、スーパーマンが姿を現した。怠惰と飽食でぶくぶくと肥え太り、どんよりとした目つきをした、毛深い男がタラップに姿を現した。
テレビを見ていた日本国民は絶句した。
「なんてこった!」
「どうしてあいつが?」
当然だった。その男は、有色人種の「弱者」をさらっては残忍な殺し方をしたことで世界を震撼させた犯罪者だったからだ。弱者というのは、子供、老人、女性、障碍者など、彼にとって自分より「弱い」すべての存在を指していた。裁判では、七十九回の死刑と、懲役千八百年が言い渡されたことでギネスブックにも載っている男であった。
皮肉なことに、いま胸にSの字のついたコスチュームをまとい、背中には赤いマントをひるがえしているのはまさにその男なのだった。
報道陣を見渡して、にやりと笑った。
「助けに来てやったぜ!」
群衆からは喝采の代わりに悲鳴が上がった。
「黄色い豚ども、せいぜい俺に尽くすんだな」
噛んでいたガムといっしょに唾を吐くと、男は「接待室」に消えていった。』
(第15回 了)
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* 『物語健康法(入門編)』は毎月14日に更新されます。
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