「世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!」真田寿福は物語の効用を説く。金にも名誉にも直結しないけれど、人々を健康にし、今と未来を生きる活力を生み出す物語の効用を説く。物語は人間存在にとって一番重要な営為であり、そこからまた無限に新たな物語が生まれてゆく。物語こそ人間存在にとって最も大切な宝物・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、かつてない物語る物語小説!
by 遠藤徹
5.鉾の会(上編)
「そうなんですよ」
その女性はまだ話し続けている。ショートヘアに変えたばかりだからなのか、それともそれが癖なのか、時々指先で軽く髪の毛をかき上げる仕草をする。会社帰りのOLっぽい。どちらかといえば地味な服装。
「最初はドラマでした。わたし、すっごくドラマが好きだったんです。厭なことがあっても、ドラマ見てるうちに忘れちゃうってくらい。っていうか、それがわたしのストレス発散法だったんですよね。毎日二つくらいのドラマをきちきち録画して、全部見るってくらい熱心なドラマ好きでした」
「なるほど、なかなかのマニアですね」
進行役の若者がうんうんうなずく。茶色い丸めがね。その奥に涼しい目を宿した利発そうな顔立ち。Tシャツには、There are no rules of architecture for a castle in the clouds.
(雲のなかに城を建てるのに、規則などいらない)いうロゴが入っている。場所は喫茶店だが、テーブルを三つ寄せて座っている面子の数は合計十二名だった。
「ええ、そうなんです。物心ついてから見たドラマの数はもうものすごい数ですね。しかも、いろんなシーンが記憶に深く刻まれてるんですよ。折に触れて、それがフラッシュバックするっていうか、しょっちゅう思い返すんですよね」
「あれだね、エアリーさんの場合は、ドラマが培養土になってるわけだね」
そう言ったのは、ベレー帽をかぶったお洒落な出で立ちの若者だった。ちょび髭も生やしている。キューバの革命家にかぶれていることが一目瞭然だった。
「ぼくなんかの場合は、漫画だけどな。なんせ家中漫画だらけだもん。全巻コンプリート欲が止まらなくて、どんだけ投資したことか。それに比べたら、ドラマは金かかんなくていいよね」
「それだけあるなら、漫喫でも始めたらいいじゃない。それか貸本屋とかさ」
突っ込みを入れるのは、金髪の少女だ。後ろにエレキギターが置いてあることからバンドをやっていると知れる。
「だめだよそれは。漫画は俺の宝物だからさ。他人に触らせるとかまじあり得ないから」
「じゃあ、勝手に散財してな」
「ええ、ちょっと話題が横道にそれそうなので、エアリーさんに戻しま~す」
進行役の若者がちょっとおどけた感じで場をなごませながら、軌道修正する。
「どうぞ~っ、エアリーさん。続けてくださぁい」
「あ、すみません。えっと、漫画もわたし好きですよ。チェさんほどには読んでないかも知れないけど、です。コメントありがとうございました。・・・えっと、でもあれなんですよ。最近見なくなっちゃったんです」
「へえ、どうして」
今度は中年のサラリーマンっぽい男が発言した。誰もが好きに発言できるという雰囲気が場にはあるようだった。
「たぶん分かっていただけると思うんですけど、真田先生の本を読んでからなんです」
「正式には、読んで、実践し始めてからじゃない?」
さっきの金髪ギター少女がすかさず突っ込みを入れた。
「あ、そうです。その通りですよ、レフティさんのおっしゃるとおりです。自分で物語を紡ぐようになってみて、それまで楽しいと思っていたドラマがとてもつまんなくなったんです」
「それはよく聞くね」
司会役の若者がうなずく。賛同する声も上がる。
「なんか、筋立てがすごいちゃちっていうか、『まあ、こんなもんで視聴者は満足するだろう』っていう計算っていうのか、舐めた感じが見えちゃうようになってきたんですよね。いくつかのパターンがあるってのも、意識化できるようになってきました」
「だよねえ。ほんとに新しいドラマってなかなかないよね。あっても逆に受けなかったりして、途中で打ち切られたりとか」
「そうなんですよ。結局わたしたちドラマ消費者って、自分たちが期待してる物語のパターンってのがあって、それに合うものだけを受け入れてるんじゃないかってそう思い始めたんです」
「飼い慣らされてるってこと?」
金髪少女レフティの発言を突破口として、皆が口々に意見を述べ始めた。
「っていうか、もっと先に行ってる感じがする」
「うん、そうだよね。なんか、うまくいえないけど、自ら与えられた枠組みにはまりに行ってる感じ? 与えられた枠組みをを内化して、まるでそれが自分のほんとうの欲求であるかのように錯覚して、逆にそれを社会に対して要求する・・・みたいな」
「主体性を失ってるより先ってことか」
「そう、自らが社会の規範そのものとなっちゃってる。枠組みそのものとなっちゃってる。そのことでなんか安心感とか、転倒した自信を持っちゃってるっていうか」
「ええ、よくわかんない」
「なんつうか、俺いまゾンビを思い出した」
「え、なんで、キモいなあ。なんでゾンビなんだよ」
「いや、よくわかんないよ。だって思いついただけだから」
「えーっと、皆さん。なるほど、いまエアリーさんからとっても刺激的な問題提起がなされたわけですけど、もう少し待っていただけますか。これについては、今日の新規参加の方たちの自己紹介が終わった後でたっぷり議論するということで」
進行役の若者は、なかなか巧みに座をまとめていた。ふたたびエアリーさんが語り始めた。
「そのうちあれなんですよ。ドラマだけじゃなくって、バラエティとかもなんだかシラケた感じで見てられなくなって」
「あれはもう、ただ時間を流してるだけだからね。金かけて、視聴者の時間を殺してるっていってもいいと思う。人生をすり減らしてるっていう意味では、緩慢な殺人ですらあるよ」
過激な発言をするのは、スキンヘッドの若者である。鋲の飛び出した、剣呑な皮ジャンを羽織っている。
「あと、ニュースですね。どの局も同じニュースを同じ調子で流してる。昨日までスキャンダルにまみれていたはずの政治家が、都合の悪い人間をすべて切り捨てて翌日にはヒーローっぽい調子で喋ってる。そして、司会者もコメンテーターもそのことに何の矛盾も感じていないかに見える。もしかしてこれは壮大な茶番なんじゃないか、わたしたちってとても舐められてるんじゃないか、って気がしだしたんです。ほとんど、妄想に近いような気もしたんですけど」
「いや、そんなことはないよ。それが事実だから。で、エアリーさんはわたしたちの運動に共鳴してくれたってわけだね」
「ええ、なんだか、これまで信じてた足場が崩れちゃった感じなんですよね。もちろん自分で物語を紡ぐっていう楽しみはあって、それが一番の心の拠り所なのは確かなんですけど、でも一人でそれだけやってるのもやっぱり心許ないっていうか」
「わかるよ。それはみんな同じ気持ちだから」
「あの」
エアリーさんが、ちょっと気まずそうに口を開いた。
「なんだい?」
ゲバラ髭のチェが尋ねる。
「こういう活動について、真田先生はどうおっしゃってるんですか? なんていうのか、創作活動の枠を越えて、現実社会で運動するっていうことについて」
「なんとも」
司会役の若者が応えた。
「そうなんだよ、いまジンが言ったように、真田先生はあくまで物語による自己再生、自己救済を説くだけの人でいようとなさってるんだ。っていうより、先生が布教されているのはあくまで『健康法』としての物語醸成なんだよね。あえて、『健康法』っていう、怪しげな範疇から出ようとはなさらない。そこから外はすべて自分の管轄外、つまり自己責任だよとお考えなんだと思う。だから、『健康法』を超えた、その先のことには一切口出しもされないし、介入もされない」
「でも逆に言えば、否定もしてないってことだよな」
パンクスが確認するようにそう言い、
「当たり前でしょ、あの人は否定なんてしないわよ、絶対に」
「でも肯定もしてないってことですよね」
「いや、肯定してるんじゃないかな。否定しないっていうかたちの肯定。そういうことなんじゃないかな」
「ただ責任は取ってくれないよね」
「当たり前だろ? 先生の本を読んで、教えを実践して、その結果なにをするかは個々人の選択なんだよ。その選択まで先生が責任を負う必要はどこにもないだろ?」
「でも、なんだろ。わたしはなんかちょっとお墨付きみたいなのが欲しい。そんな気分なのよね」
「ほら、それだよ。そういう依存心っていうか、自信のなさこそが、この社会によって植え付けられたマインドセット、つまり心のあり方なんだよな」
「それはそうかもしれないけど、でも皆そこから出発するんだから、それを無碍に否定すべきじゃないと思う。やっぱり、一人で物語り紡いでるのと、世の中っていうか、マスコミっていうかが垂れ流してる物語の罠から出ること、その外部があることを知ること、そして、その気づきを広げようとすることは、大違いだからね」
「あれ、それってつまり、俺たちも別の物語を編もうとしてるってことかな?」
「そうだね、ある意味ではそうだ。ただ、それは自発的なもの、創発的なもの、マスコミの情報だけに流されず、逆にフェイクニュース的な罠にもはまらず、もっと客観的に世界の現状を捉えて、対抗的な物語を編むってことだよな」
「ただ、それはあれよね、固定的なものじゃないわよね」
(第14回 了)
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* 『物語健康法(入門編)』は毎月14日に更新されます。
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