「世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!」真田寿福は物語の効用を説く。金にも名誉にも直結しないけれど、人々を健康にし、今と未来を生きる活力を生み出す物語の効用を説く。物語は人間存在にとって一番重要な営為であり、そこからまた無限に新たな物語が生まれてゆく。物語こそ人間存在にとって最も大切な宝物・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、かつてない物語る物語小説!
by 遠藤徹
「先生!」
前列に座っていた一人の若者が挙手した。
「はい、なんでしょうか?」
「衝動がこみ上げてきました。先生のお話を遮って申し訳ないのですが、少々語らせていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、突き上げが起こったのですね。どうしても語りたいと、あなたの身体が訴えているのですね」
「ええ、その通りです。他の研鑽者の皆様にとっては、つまらないお話かもしれませんが」
「そんなことないぞ!」
「語れ! 物語れ!」
「頑張って、私たち聞きたいわ、あなたのこと」
いろんな声があがる。励ましと共感に溢れた声援だった。真田寿福が醸し出す雰囲気のせいもあるだろう、そもそもが真田の本を読んで感銘を受けた人たちが集まっているということもあるのであろう、いずれにせよ会場はあらゆる物語を待望し、歓待する気配に溢れていた。
「ありがとうみなさん。そうなのです。わたしが偉そうにご託宣を述べるよりも、皆さんの内側から自ずと溢れてくる物語のほうが何十倍、何百倍も意味があるのです。さあ、語ってください。存分にご自分を耕し、築き上げてください。
「ありがとうございます、先生、そして皆様。貴重なお時間をいただけること感謝いたします。吉岡孝典、えっと、一応新進の画家ってことになってる二九歳です。なにしろ、自分のことですので、少し長くなるかも知れませんが、ご容赦ください」
「いいぞ、聞きたいぞ!」
「醸し出して! 紡ぎ出して!」
励ましの声がかけられた。作務衣姿に髭面の若者は、皆に向かって両手を併せて感謝の意を表し、はにかみながら語り始めた。
「いまのわたしをご覧になると想像もつかないかもしれません。でも、わたしはかつて鬱病に苦しんでいました。会社勤めでしたが、回された営業の仕事にはどうしてもなじめなかったのです。
生来引っ込み思案で、どちらかというと人が怖いというタイプだったので、相手の懐にはいっていかなければならない営業という仕事は、ほんとうに向いていなかったのです。成績そのものは決して悪くはなかったのですが、それはそれだけわたしが無理をしていたということでした。
決定的だったのは失恋でした。営業先の受付で微笑む女性に心引かれたわたしは、わたしなりに懸命にアプローチし、幾度かデートっぽいこともできるまでにこぎ着けました。わたしなりに有頂天だったのはご想像の通りです。でもそんなある日わたしは、偶然聞いてしまったのです。その日は休日でした。けれど、その日しか時間が取れないという営業先の人物と会うために、わたしは、彼女の会社とはまったく離れた場所に来ていました。待ち合わせの喫茶店に先についたわたしは、コーヒーを呑みながら時間をつぶしていたのですが、そのとき背後のテーブルから特徴的な笑い声が聞こえてきたのです。そっと振り返ってみると、驚いたことにそれはわたしがアプローチしていた女性でした。しかも、別のなんだか着飾った感じの男性といっしょにいるのでした。うまく言えないんですけど、お洒落っていうよりは、やっぱり無駄に豪華に着飾ったっていう感じだったんです。向こうは話に夢中でわたしには気付いていないようでした。よく考えてみると、そこは有名なテーマパークの近くなのでした。なるほど、そのテーマパークのキャラクターが印刷されたビニール袋が、彼らのまわりに幾つも置かれていました。
『で、なに、その金曜日君は、なんだって?』
『え、どっちの方の金曜日君だっけ』
『なんだよ、水曜日君も二人居たのに、金曜日君もかよ』
『だって、しょうがないじゃない。わたしが誘ったんじゃないんだから』
『ことわりゃいいじゃないか? なんで好きでもない奴と出かけたりするわけ』
『だって、便利じゃん。食事代もタダだし、服とかもあわよくば買ってもらえるし』
『悪い女だな』
『そうかなあ。相手も楽しめるよう気は使ってるつもりだけど』
『え、じゃあなに、俺も週末君のうちの一人とか?』
『なわけないでしょ。あんたのためなのよ、わたしがウィークデーお金使わないようにしてるのは』
『すんませんね、売れないDJで』
『いいの、いいの。わたしわかってるから。いつか君が大物になるって。いまはそのための投資だから気にしないで』
『はは』
衝撃でした。わたしは彼女にとって単なるワンノブゼム。便利な財布君だったのです。しかも、会話の内容から察するに、実のところ今度は彼女の方が、着飾ってすかした若者のワンノブゼムに過ぎないのは明白でした。わたしは絶望しました。自分のことでというよりも、なにもわかっていない彼女にいずれ訪れるであろう絶望を思ったからです。
わたしは、待ち合わせをすっぽかして、そのまま帰宅し、その後出社しませんでした。まずは三日間飲まず食わずで眠り続けました。でも、どんなに寝ても疲労感は抜けませんでした。わたしは生きる屍のように、ただ終日部屋のなかで悶々と過ごしていたのです」
うん、うんと聞いていた真田が少し口をはさんだ。
「なるほど、典型的な悪性の物語に支配されたわけですね。展開もなくループするだけの単調な物語と、裏切りに裏切りが重ね書きされていく、救われない物語が融合したわけですね。ループする物語が心を牢獄に閉ざし、救われない物語がその牢獄のなかで、どんどん心を落ち込ませていく。扉が開かないまま、地下深くどこまでも降りていく下りエレベーター」
「そうなりますね。降りるすべはなかったのです。そのエレベーターには、エレベーター会社への緊急連絡ボタンもなければ、扉の開閉ボタンすらなかったのですから」
「悪夢のエレベーターですね」
「はい、まったくその通りでした。でもそんな引きこもり暮らしのさなかのことでした。ある日軽い地震があったんです。震度はたぶん2か3程度。しかも、ほんの一瞬ものでした。一瞬ぐらっときてそれでおしまいって奴です。余震もなにもありませんでした。でも、そのとき、わたしの頭の上に一冊の本が落ちてきたんです」
「それは?」
「ええ、先生のご著書『物語健康法』でした」
「おやまあ、なんという偶然」
「そうなんです。実を申しますと、わたしはそんな本を買った記憶さえ無かった。いまにして思い返してみますと、一時期健康食品の営業を担当していた時期がありまして、その頃に○○健康法という類いの本を、ネットで探してまとめ買いしていたことがあったんですよね。それこそ、いろんなのがありました。水飲み健康法、オイル健康法、「食べない」健康法、「小食」健康法、「食べる」健康法、「大食い」健康法、スクワット健康法、周波数健康法、足指まわし健康法、白湯健康法、白湯毒だし健康法、身体を温める健康法、断食健康法、冷え取り健康法、糖質オフ健康法、鼻うがい健康法、ココナッツオイル健康法、ヒーリング健康法、腸健康法、グリーンスムージー健康法、ウマブドウ健康法、足もみ健康法、ふくらはぎもみ健康法、足裏健康法、体内時計健康法、気功健康法、セロトニン脳健康法、ヨーガ健康法、スジとツボの健康法、子宮あたため健康法、水素吸入健康法、体幹筋健康法、血管強化健康法、にんじんジュース健康法、うつぶせ健康法、白ごま油健康法、納豆健康法、「あきらめ」健康法、「不怒」健康法、紅茶キノコ健康法、食養健康法、蒸しショウガ健康法、ふくらはぎマッサージ健康法、「くじけないで生きる」健康法、腸内フローラ健康法、黒バナナ健康法、黒にんにく健康法、黒豆健康法、呼吸法健康法、ダイエット健康法、脈正し健康法、ランニング健康法、スロージョグ健康法、ウォーキング健康法、スイミング健康法、クライミング健康法、フライイング健康法、背骨ゆらし健康法、膝裏伸ばし健康法、ビタミン健康法、背骨いきいき健康法、コアリズム健康法、脳内革命健康法、血流改善健康法、青汁健康法、腹筋ベルト健康法、指に輪ゴム健康法、きゅうり健康法、テラヘルツ健康有効波健康法、あくび健康法、レイキ健康法、強い骨づくり健康法、腰痛改善健康法、掃除健康法、腎臓もみ健康法、加圧トレーニング健康法、Oリング健康法、スロー空手ストレッチ健康法、漢方健康法、クエン酸健康法、一日一食健康法、自律神経改善健康法、笑い健康法、歯磨き健康法、毛細血管健康法、足首まわし健康法、しょうが紅茶健康法、老廃物流し健康法、波動健康法、血液循環健康法、体芯力健康法、禁煙健康法、お尻引きしめ健康法、よもぎ健康法、頭蓋骨マッサージ健康法、姿勢力健康法、小腸健康法、グルテンフリー健康法、ぶら下がり健康法、開脚健康法、骨ホルモン健康法、半断食健康法、はだし健康法、ゆるめる力健康法、胸郭ストレッチ健康法、排便力健康法、ミトコンドリア健康法、減塩健康法、バランスシューズ健康法、柔軟体操健康法、磁気健康法、合気道健康法、睡眠健康法、うんこ座り健康法、筋トレ健康法、降圧ストレッチ健康法、副交感神経健康法、マクロビオティック健康法、温泉健康法、筋膜リリース健康法、深睡眠健康法、短眠健康法、分子栄養学健康法、骨盤力健康法、むくみ解消健康法、階段健康法、音楽療法健康法、丹田呼吸健康法、タントラ健康法、肉食健康法、蒸し野菜健康法、首整え健康法、フォーカシング健康法、禁酒健康法、飲酒健康法、粉ミルク健康法。順不同に思い出すだけでも、圧倒的な数の本がありました。で、その中に先生のご本が混じっていたわけですけど、そもそも『物語』は食品ではなかったから、ああ余計なものを買っちゃったくらいに思って本棚に放りこんだままにしてあったと、そういうことだったと思うんです」
「必然は偶然というかたちをとって訪れる、いわゆるシンクロニシティですよね。これは、いつも申し上げていることです。いわゆる啓示の類いやインスピレーションというのはそういうものですよね」
「ええ、そうなんです。その頃のわたしは、本を読むなんていう気持ちにすらなれないような状態でした。でも、わたしの上に落ちてきたその本を、何気なく開いたわたしの目に、『創造主? それはあなたです』
そんな言葉が飛び込んできたんです。
(第03回 了)
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