ルーマニアは正教の国であり森の国であり、ちょっと神秘を感じさせる物語の国でもある。ドイナ・チェルニカ氏は作家で翻訳家、ジャーナリストだが、小説ではなく〝物語〟作家を自任しておられる。彼女の清新な物語文学を、能楽の研究者であり演劇批評家でもあるラモーナ・ツァラヌさんの本邦初翻訳でお届けします。
by ドイナ・チェルニカ Doina Cernica著
ラモーナ・ツァラヌ Ramona Taranu訳
第23章 キツツキはふたたび考えこんで色々たくらむ
キツツキはナナカマドのてっぺんで足をとめて、やっとひといきつきました。あぶないところだったのです。かべにぶつかったネズミたちのぎゃくさつにまきこまれず、ボズガのひどいにおいでついらくしなかったのは、ほんとうによかった。あらいふちのけものたちをきらうゴン・ドラゴンはえらい! キツツキははきそうでしたが、がまんして気もちわるさをおしころしました。ぜんぜんうまくいかなかった。天の子どもたちと少女とハリネズミは、ヒナゲシのあとをおいかけていて、ゆっくりとしかすすめない銀狐とのきょりがちぢみつつあります。銀狐はけがをして弱っているのに、もうすぐ結晶のタワーにたどりつくところです。早くなにかしないと。だけどなにをすればいいんだろう? とにかく、きたないものやくさいものは、もういっさい使わない! そう決めたキツツキは、うんざりしていたのです。もうじゅうぶんでした。もちろんほんとうは、いっかいで仕事を終わらせられればよかったのですが、ネズミのようなきたないものを使ってせいこうしたとしても、ゴン・ドラゴンにきらわれたでしょう。ハーピーには、そもそもかんたんなしごとだったからね! と、あざけりわらわれたことでしょう。かんたんなしごとだって! キツツキは怒っていました。おなかがすいていたし、つかれていて、ねむくなっていたのです。このナナカマドのうえでねむってしまったら、子どもたちはだれにもじゃまされず、お母さんに会えるんだ。ねむけを吹きとばすために、キツツキはつばさをはばたき、さびいろのちりを起こしました。しかしねむけをまぎらわすのは、かんたんではありませんでした。ねむさ…その考えでキツツキはハッとわれにかえりました。天の生きものは、香りばかり食べているから、もしかすると、すいみんをひつようとしないかもしれません。しかし、香りじたいが「ねむりの花」の香りだったらどうでしょう? そうだ! これだ! 子どもたちを一日でも、一夜でもねむらせれば、じゅうぶん! それでかれらの足をとめれば、ゴン・ドラゴンがめいじたことをたっせいしたことになります。キツツキはまんぞくそうにするどい声を出しながら、はねをふるわせました。ハーピーは、こんなことは思いもつかないだろう。酔いをもたらすような香りと、ふかいねむり! なんてきれいなんでしょう! すばらしい! だけどこんどこそ、仕事をちゃんとはたすために、もっと気をつけなければなりません。まずだいいちに、ねむりの花は、いちばん香りと眠りのこうかがつよいものをえらばなくちゃ。それに子どもたちのうしろに花をおいたんじゃダメ。かれらの上をとびこして、かれらが向かうさきにねむりの花をおかないと。かれらと銀狐のあいだにね! だからもう、いっしゅんもむだにしてはいけない。キツツキの重さで、ナナカマドはボキッと音をたてておれそうになりました。しかし飛びあがったキツツキは、つよく、高くまいあがりました。それはハーピーをちっとも気にかけていなかったころのキツツキらしいとびかたでした。
第24章 ねむりの花とイノシシの力が感じられる
うしろをふりむかず、あくむのようなネズミたちのことも考えず、いたましいヒナゲシの赤いあとだけを見ながら、子どもたちは前へとすすんでゆきました。少女も王子たちも、ハリネズミも子馬たちも、みんないっしょうけんめい歩いていましたが、おもったほどはやく歩けません。彼らのまわりでチョウチョたちがゆったりと花のうえにからだをおろし、キリギリスたちはねむそうにキ~キ~となき、キンギョソウたちはあくびをしていました。あまい香りをはこぶやさしい風が、子どもたちのまぶたをなでました。ときおりやわらかいくきが、足にまとわりついてきます。まるで空気がおもくていこうしているようです。イルはやっとの思いでアイレをふりむきました。
「感じる?」イルがいもうとにききました。
「感じる。だけど信じられない。銀狐のジャスミンのような香りがするの。なつかしいわ」いもうとがしわせそうにほほえみました。
「ふしぎだな。きのこやキイチゴのかおりがするやわらかいこけのまくらがしいてあるこかげのほうへ、ぼくをさそっているようだね」ハリネズミが笑いだしました。
「わたしは家のあたたかさや、やきリンゴや、おちゃのことをおもいだしてるの」と少女もいいました。
子馬たちはなにも言いませんが、かれらのたてがみは、たいりくへむかってひろい海で長いたびをしてきた波のようなゆるやかなせんをえがいていました。
「少しだけ、草のうえによこになって、やすまない?」アイレがねむそうにささやきました。
「少しやすめばいいかもしれない」少女がうなずきました。ふりそそぐさまざまな香りの雨に、彼女はあっとうされていました。
「ダメ! ダメだよ!」くるしそうに歩きつづけていたハリネズミがさけびました。「足をとめちゃダメ! やすまないで!」
「どうしてやすまないの?」かれらの前にあらわれた花がうたうように言いました。そして花は、ながいあくびをしました。そのあくびを見ると、子どもたちのまぶたがおもくなって、目をおおってしまいました。そして足にねっこがはえたように、動けなくなってしまいました。目をはんぶんとじたまま、かれらはその花を見つめました。とくに目立たない花なのです。だけどこえだけはあたたかく、やさしくて、ささやきに近い音楽のようでした。花が少しちかづいてくると、ミントやボダイジュ、バジルやタチアオイ、春のハリエンジュや秋のベリーといった、あたらしい香りをあつめた雨が生まれました。香りが子どもたちの手をとって、ほほやかみのけ、それに子馬たちのたてがみをなでながら、かれらのあしくびに、くさりのようにまとわりついてゆきます。「ゆっくりおやすみなさいな」花がやさしくうたいつづけています。「ちきゅうぜんたいがいっしょにねむりに落ちるのよ。はっぱいちまいうごかないし、川の水のながれもとまって、たいようさえも空にていしするの。そして銀狐も、あなたたちが目ざめるまで、いっぽも前へすすまないのよ」
「銀狐!」王子たちがさむけを感じたように、どうじに言いました。
「銀狐!」少女も、ねむさとたたかいながらささやきました。
「銀狐!」ハリネズミも声をそろえました。そうだ「銀狐!」と、からだのハリをのばしてハリネズミがさけびました。「きみはいったいだれなの?」
「あたしはねむりの花よ。つれてゆかれたばしょに、ついてゆくだけなの。うえられたら、そこでそだつの。いつもねむるのよ。そしてねむりをあたえるの」花があまえた声でこたえました。
いきなりおそってきた不安が、つめたい雨のようにハリネズミを目ざめさせました。目をおおきくひらいたまま、はなを土にちかづけて、ひっしにたすけをよびました。
「イノシシよ! てつのきばのイノシシよ! わたしたちを思いだしておくれ! とてもこまっているんだ! たすけて!」
「きこえるかしら?」少女はことばを出すだけでひっしでした。
そのこたえは、子どもたちはもうしっているにもかかわらず、やはりこわく、おもい、あの足おとでした。次のしゅんかん、空からおちてきた熱いいんせきのように、てつのきばのイノシシがみんなの前にあらわれました。ツンとした彼のにおいは、空気にただよっていたあまいかおりをやぶって、王子たちと子馬たち、そして少女とハリネズミのねむけをはらいのけました。イノシシのするどい目はすぐに、たくさんの花のなかから、ねむりの花の青白く、きけんなかおをみつけだしました。大きくこえをあげながら、イノシシは土のなかにきばをつっこみました。そしていっきに、ねっこのついたまま、花を土のなかからひっぱりだしました。一本のきばに、つたのようにまとわりついたねむりの花は、気にするそぶりもなくほほえんでいましたが、すでにイノシシに、どくのようなあまい香りをむけていました。イノシシは花のことを気にかけず、ハリネズミのほうを見ました。
「気をつけてね!」ハリネズミが言いました。「そいつはねむりとぼうきゃくをもたらすんだよ」
「イノシシさんは、ながい間くるしんだから、もしかしたら、ねむりとぼうきゃくをもとめているかもしれないわ」まだねむそうな、小さなこえで少女が言いました。
しかしイノシシは、その言葉をしっかり聞いていました。少女をしばらくかなしく、そしてほこり高い目で見たあと、ねむりの花のゆうわくをひどくきらって、とおくへとすがたをけしてしまいました。彼のあとにはつめたい風だけがふきはじめ、ねむりの花がかけたまじないを、かんぜんにはらいのけました。風にまじって、ふたたびもくろみをやぶられた、キツツキのがっかりしたなきごえが聞こえました。
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* 『少女と銀狐』は毎月11日に更新されます。
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