ルーマニアは正教の国であり森の国であり、ちょっと神秘を感じさせる物語の国でもある。ドイナ・チェルニカ氏は作家で翻訳家、ジャーナリストだが、小説ではなく〝物語〟作家を自任しておられる。彼女の清新な物語文学を、能楽の研究者であり演劇批評家でもあるラモーナ・ツァラヌさんの本邦初翻訳でお届けします。
by ドイナ・チェルニカ Doina Cernica著
ラモーナ・ツァラヌ Ramona Taranu訳
第21章 キツツキはかんがえこんでいろいろたくらむ
キツツキはくちばしをならし、たのしげにかぎづめを広げました。ゴン・ドラゴンが今回ハーピーではなく、自分を思い出してくれたのが、とにかくうれしかったのです。キツツキはちょっと前に、自分を「ババア」とよんであざけりわらったハーピーを、うらんでいます。
ということで、天からやってきた生きもの四つと少女ひとりが、水晶のタワーにたどりつかないよう、道をさまたげねばならないのね。それにハリネズミもいる。ねたみぶかさで舌が三つにわれているあのハーピーは、きっとこの仕事はじぶんにとってかんたんすぎるから、ゴン・ドラゴンは今回はすこし年をとったキツツキを呼びだしたんだとまわりに言うだろうけど、それはもちろんただのしっととにくしみにすぎない。とにかくにじの向こうからきたものは、たいてい火ではもやせない。刃ものでもきれないし、いたみを感じないので、かれらをたおすには、かなりのぎじゅつとけいけんがひつようだった。さいわいなことに子どもたちはみじゅくだし、ハリネズミはバカだし、そのうえ少女がくっついている。にじの向こうの生きものとちがって、地球の生きものはよわいからかんたんだ。そうじゃなければ、ゴン・ドラゴンのめいれいにおじけづいただろう。少しだけ、ほんの少しだけこわがっただろう。もしキツツキが少しでもきょうふにおびえたら、ハーピーはびんかんにそれを感じとっただろうし、すぐにゴン・ドラゴンにわるぐちを言いにいくだろう。しかしキツツキは少しもこわがらず、すぐにでもこうどうにうつせるじゅんびができている。さいしょはかんたんなほうほうでいい。もしかすると、ぜんりょくを出さなくてもすむかもしれない。ぜんりょくを出しきると、かいふくするのにすうねんがかかるだろうとキツツキは思っていました。なんでも監視するハーピーの目には見えないはずだが、キツツキはほんとうはずいぶん年のおもみを感じていたのです。
かんがえごとにふけりながら、キツツキはもみの森の中へきえてゆく赤いヒナゲシのあとを見ました。クモのわなからにげたばかりなら、あまりとおくへすすんでいないはずだ。すぐ追いつくだろう。しかしなにをつかえばいい? 森がおののくほど大きな火事をおこせばいいのだ! 炭いっこをくちばしで森にはこび、それからつばさをつよくはばたかせるだけで火のうみがうまれ、子どもたちをのみこむのだ。しかし王子たちと子馬は火をおそれないし、ハリネズミはどうでもいいのだから、少女ひとりのためにそこまでするひつようがあるだろうか?それにつよい火のなかでつばさをいっしょうけんめいふるのは、かなりつかれる。このまえにたようなことをしたときは、火に羽をもやされ、かぎづめがとけて、けむりとはいだらけになってしまった。なので今回はべつの手をつかおう。なにがいいだろう? たとえば何かおぞましいものとか? それがいいかもしれない! たとえばネズミのむれとか? のこぎりのようなするどい歯をもって、むちのようなしっぽをふるわせながらいつもざわざわしている、きたいない目をして、すさまじいあくしゅうをはなつネズミたちのむれ。かれらが近づくと、だれもがひざをふるわせはじめ、ひとみがにごり、気もちわるさで息ができなくなって、たおれるだろう。
キツツキはためいきをつきました。ゴン・ドラゴンは、あらいふちのボズガに似たいきものを呼びだしたことを、きっとこうかいするだろうね。ネズミのむれのことで、キツツキはゴン・ドラゴンにきらわれるだろう。だけど、もししっぱいしたら怒るにちがいない。怒られたらさいあくだ。しかもしっぱいしたら、ハーピーはあまりのうれしさとにくしみでわかがえるだろう。だからやるしかない。キツツキはけっしんしました。くちばしをあげて、するどいなきごえを出しました。そして森は、ネズミのむれによってもたらされた闇につつみこまれたのです。
第22章 地がふるえ、ざわつ闇がかけこんでくる
ハリネズミがとなりでころがりながらすすむなか、少女と王子たちと子馬たちは、いそいで広いあきちを歩いてゆきました。ヒナゲシたちから目をはなしません。銀狐のほそい手からこんなにも血がながれおちたのなら、くるしんでいる彼女のからだには、ちからがほとんどのこっていないのではないかと、みんながしんぱいしていました。とつぜん子馬たちが足をとめ、地面に耳をちかづけました。ハリネズミもすぐに子馬たちのまねをしました。
「何か聞こえるよ」アイレが言いました。
「何か、おそろしいものが」とイルもうなずきました。
「たしかに、とおくからじひびきのような音が…」と少女が言い、とちゅうでことばをつまらせて、きょうふにぞっとふるえました。王子たちと子馬たちのとうめいで明るいからだが、かげのころもをはおったように、きゅうにはいいろになってしまいました。
「どうしたの?」王子たちのかおいろがわるくなり、ちからをうしなってたおれているのを見て少女はさけびました。
「どくのようなものが、かれらのからだにくいついているのよ」ハリネズミがじぶんのかんがえをいいました。
それからハリネズミも声をうしないました。それは、かれらのなまえを口にするのがあまりにもおそろしく、かれらでないことをねがっていたからです。いっしゅんでハリネズミも何も見えず、何もわからなくなってしまいました。
「おそろしいにおいなの」くるしそうにアイレがささやきました。
子馬たちのたてがみは、くれないいろのアオミドロのように、地面のうえにひろがっていました。かれらのようすをしんぱいそうに見ていた少女も、はきけがするほどのふかいを感じました。いのちのあるような闇がいきおいよくかれらに近づいていました。そ闇のなかに、こおりのようなむすうの目と、大きな針のような歯がひかっていました。うごく闇といっしょに、たえがたいほどするどいなきごえと、あらゆるそうぞうをこえるほど深く、ねばねばした、おそろしいあくしゅうがおそってきました。かれらを一度も見たことがないのに、少女はすぐにかれらのしょうたいがわかりました。
「ネズミだ!!」
いっしゅんまよったら、おわりだとかんがえた少女は、すぐに女王バチにもらったたいせつな杯を出し、ヒナゲシの上や、あくしゅうでしおれかけていた草の上にハチミツをそそぎました。つぎのしゅんかん、ハチミツはひとすじに立ちのぼり、よこにとおくまで広がり、空までのびるさかいめとなって、少女の目のまえにとうめいできんいろのカーテンをつくりました。空までとどくそのカーテンは、かおりがよく、風にゆれながらもとおれないかべになっていました。その向こうで、おもいもよらぬさまたげにぶつかったネズミたちが、口を大きくあけ、あらあらしいなきごえをあげていました。うしろからつぎつぎとかけこんでくるネズミたちのいきおいはおとろえず、せんとうのネズミたちはきんいろのかべにおしつぶされそうになり、きょうふで手あたりしだいものをかみくだいて、きん色のカーテンは、すぐにくろくてひどいにおいのする血にまみれてしまいました。キツツキもざわめくネズミの山にまきこまれそうになり、おそろしいなきごえを出しながら、ひっしにつばさをはばたかせ、うしろのほうへ飛んでゆきました。
カーテンのこちらがわのあきちは、あくしゅうからまもられ、キバナノクリンザクラやアキノキリンソウや、カンパニュラのいいかおりでみたさせていました。われにかえった王子たちと子馬たちは、いいかおりをはこんでくれる森の風をふかくすいこみながら、大きな目をひらいて、ハチミツでできたかべの向こうがわでつづいているぎゃくさつを見ました。
「うしろを見ないで! 行こう!」ハリネズミがきっぱりと言いました。「時間をずいぶんとられてしまった。銀狐と会わないように、だれかがわたしたちの足をひっぱっているんだ」と、ハリネズミがふあんげな声でせつめいしました。
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* 『少女と銀狐』は毎月11日に更新されます。
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