ルーマニアは正教の国であり森の国であり、ちょっと神秘を感じさせる物語の国でもある。ドイナ・チェルニカ氏は作家で翻訳家、ジャーナリストだが、小説ではなく〝物語〟作家を自任しておられる。彼女の清新な物語文学を、能楽の研究者であり演劇批評家でもあるラモーナ・ツァラヌさんの本邦初翻訳でお届けします。
by ドイナ・チェルニカ Doina Cernica著
ラモーナ・ツァラヌ Ramona Taranu訳
第25章 キツツキとヘビはひそかに話しあう
むかしはりっぱでおそろしいそんざいだったキツツキは、今はかげにすぎません。かぎづめもくちばしもうしなって、つよい風にはねをもぎとられて、さびついたカラスのように見えました。つかれはてて、行くあてもないまま、キツツキはさめざめと泣いていました。今のキツツキを見たら、てきはみんなよろこぶでしょう。とくに、しっとでしたが三つにわかれていたあのハーピーは、きっとわらうでしょう。「かわいそうなキツツキね! もうそろそろしぬかと思った! かれ葉のうえでよこになって、よってきたハエでもくちばしにおちてくれないかなと、きたいしながら、死がむかえにきてくれるのを待てばいいのにね! しかしあいつはまだゴン・ドラゴンの前でいばって、いろいろやろうとするんだね。ほんとうにどうしようもない!」とか言って、キツツキをわらうでしょう。わるぐちやうわさばなしばっかりしている、あのハーピー! まるで毒を吐いているんだ! あいつを灰にかえしてしまうあらしとか、かみなりとかこないかな? ゴン・ドラゴンにあいつの正体を見せる雨がこないかな? そしてもっともつらい老いのなみがハーピーをつかんで、ようしゃなくあいつをバラバラにしてくれないかな? まずそのこえを意味をなさないうめきごえにかえて、それから、あいつをだまらせてくれないかな? うそやうわさばなしをあっちこっちへひろめる力をなくしたまま、しばらくは生かしておいて、それからすこしずつ空をとぶ強さや、かぎづめのざんこくさ、そして生きるためのよくぼうすべてを、老いにとられるように! 目だけがのこればいい。その目でハーピーは、よみがえるキツツキのすがたを見ればいいんだ! あらそいに勝って、そしておどろくほどの若さと速さをはっきして、どんどんもとのとおり強くなってゆくキツツキを見ればいい! 「ぼくのだいじな、だいじなキツツキだからな」とゴン・ドラゴンが言うのを見ればいい。それで、しっとにくいつくされ、力をなくして、しんでしまえばいい! ハッハッハ! それができたらね! とはいっても、今のところキツツキのたくらみは、すべてしっぱいにおわったんじゃない? すべてのくろうはむだだった。王子たち、少女、子馬たちとハリネズミは、みんな弱そうに見えるのに、なかなかわなにおちてくれない。だけどまあ、少なくともかれらはキツツキのことをしらないし、わらうこともない。ハーピーとはちがうからね! けっきょくのところ、このような生きものたちに勝つのはうれしいよね! この世のすべてを見ている森にしか分からないんだけど、この子どもたちをうちまかすものは、ただものじゃない! しかし、どうやってかれらをうちまかすことができるんだろうか? キツツキのなみだは、ほんの少しだけかわきはじめていたのに、またこぼれ出しました。キツツキが休んでいたイヌバラのねもとに、なみだの水たまりができていました。
「キツツキはまけるんだって? そんなのしんじられない」
キツツキは目をほそくして、きんぞくのようなあの声がきこえたほうを見ました。つめたくて、うねうねするヘビをそこに見つけたとき、いっしゅんぞっとしました。しかしすぐにふかく息をすって、われにかえりました。そういえば、ヘビは自分のてきではないよね?
「てきではないよ」ヘビがまるで、キツツキのこころのなかをよんでいたかのように言いました。
「てつだってくれるの?」まだまだ気にかかることはあったものの、キツツキはためらいをのりこえて、ヘビに聞きました。
「てつだう理由はとくにないな」ヘビがためいきをついて、こたえました。しかし銀狐は銀狐だし、せけんはせけんだし、そしてヘビはヘビでした。
キツツキは少し元気をだして、バタついたはねをふるわせました。
「どうすればいいか分からないのよ!」
「それはそうだね」ヘビはキツツキのすなおな気もちをそそのまま受けとめました。
「天の子どもたちはにじの向こうから来ているので、地球の生きものとはちがうし、ハリネズミはかしこいし、少女もね…」
「少女はなに?」
「少女のことは、なにもしらない」キツツキはしかたなくみとめました。
「彼女がどうして旅をつづけていると思う? アリたちのかみきずも、ネズミたちの気もちわるさも、あらゆるくなんにたえて、旅をつづけているわけだけど、どうしてだと思う?」
キツツキはいっしょうけんめい考えてみました。少女のバカ! たしかに、なんでいきなり森のなかへ旅に出たのでしょうか?
「少女は、王子たちのことを大切におもってるんじゃない?」キツツキはようやくあたりをつけました。
「大当たりだね」とヘビが言うので、キツツキはよろこびにつつまれました。あんなにくろうして、ぜつぼうしていたなかで、はげましになるような言葉はやはりうれしかったです。
「王子たちも少女のことを大切におもっているのよ。彼らはこれを「ゆうじょう」とよんでいるんだ」とヘビが話しつづけました。「彼らの強みは、弱みにもなるよ。だから、ためしてみたら? しかし、これがあなたのさいごのチャンスだということを、忘れないでね!」
「じゃあ、どうすればいい?」キツツキはさけびました。
ヘビはキツツキをつめたい目で見て、ざんこくな声でこたえました。
「少女をきずつければいいのよ!」
キツツキは、ヘビをおどろいた目でじっと見ました。言葉をなくしていました。いつも色々たくらんで、たたかいをしかけるのがキツツキのやりかたでしたが、かぎづめとくちばしで、ちょくせつだれかをおそったことはありません。少なくとも今まではなかったのです。つばさをひろげたら森をじぶんのかげでおおって、かしの木いっぽんを土からとりだして、それをくちばしにくわえたまま山をこえることができたくらい元気だったむかしも、だれかをちょくせつおそったことはありませんでした。まして今、少しさびついたからだで、ねむそうなコウモリとのたいりつさえも、さけたいきもちです。もちろん、これでだいきらいなハーピーをだまらせて、ゴン・ドラゴンがめいじたことをやりとげられるならいいけど、よわって、死がまちうけている自分が、今あの少女をうつのは… ヘビがかんがえていたのは、まさにそういうことでした。
力をふりしぼって、ふかい森のうえをとび、ひどいにおいをするあらいふちへおりて、あそこにある「死の水」のひとしずくをくちばしにすくって、それからさいごの力で少女をうつということ。そのあと、自分もしねばいい。しぬまえには、少女がなくなって、ゴン・ドラゴンがよろこぶようす、そしてライバルのハーピーが言葉をなくすのを見たい。それは、死の水にふれたものもしんでしまうからです。どうすればいいのでしょうか? いったいどうすれば… おこられて、みじめにあともう少し生きるか、てきに勝って、かがやかしくしぬか?
「あなたがえらぶのよ」ヘビがちいさくささやきました。しかしそこにほんとうにヘビがいたのかどうか、キツツキも、草も、いいきることはできませんでした。
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* 『少女と銀狐』は毎月11日に更新されます。
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