〝よし、その売れていない、秘法を使った旅のプランに、僕たちが最初の顧客になってやろうじゃないか。僕は何でも初めてが好きなんだ。初めてを求めるとき、僕は誰よりもカッコよくなれる・・・〟この旅はわたしたちをどこに連れていってくれるのか。青山YURI子の新しい小説の旅、第二弾!
by 青山YURI子
(ルート188から空港へ)
時から、町を出た。〝夜時間住人専用出口〟の7時から、といった方が分かりやすいだろうか。楕円の縁に近い場所に住む人々を〝夜時間人間〟、より中心へ近いエリアに住む人々を〝朝時間人間〟とナイロビタウンの言葉で呼んでいた。僕らが入国する時に使った朝時間住人出入り口はまた別のところにあった。外国人専用キャンプ場は、〝朝時間〟の敷地内にあったのだった。
町国から1の国へと抜ける出入り口には、門がジグザグに並べられ、特殊な検問空間が用意されている。空港のX線検査のような〝門〟もあれば、日本の鳥居のようなものもある。ETCゲートのように、車さえ通れる大きなものもあれば、東大寺の柱の穴のようなものもある。門はいくつもアミダクジのように先へ連なっていて、当然それぞれ検査項目が違う。高い技術を導入して偽金を見分けるものもあれば、「よい人かどうかの門」「哲学的な人物かどうか知る門」「ナイロビタウンの女を孕ませてないかの門」などあるという。どういう仕組みなのかは分からないし、特になにも仕掛けてないかもしれない。呪術的な何かがあるのかもしれない。日本の鳥居だってそういう力で入国審査、入社審査をしているようなものだ。なんとなく審査されるのが嫌でくぐらなかった。
同国人かどうかも見破る。みな生まれた時すぐにピアスを開け、このゲートに反応する特殊な金属チップを鼻に付けている。
高い技術を導入している門もある。例えばこのマシーンは、綿に反応するもので、国の金を盗んでいないか、分かる。綿の所持がばれると、違う門に案内され、そこでは上から水が降ってくる。シャワー穴が開いている。この町で服の素材となっている綿布は、少し織られる方法が特殊で、水に濡れると、街のシンボルとなっている丸く流れる川や、革張りのテント、ナイロビ町国大学、ラウリン・ブリクセンの顔や家、時代の節々で最大の可能性を見つけてきた同国人英雄の顔が透けて見える。だから雨が贋金つくりの抜き打ち検査官役を担うこともある。
そして、保管してあった場所から届けられ、紛らわしいと没収されていた、僕の大好きな、綿100パーセントの白いロングワンピースが帰ってきた!
この町はフラッシュ禁止だったから、ちょっと美術館のようであったな、とも振り返る。そして小さな驚きであったのは、町の人間は町を出るのは自由らしい、ことだ!
教授は出国検査場で着替え、色の付いた半袖シャツを着て、ジーパンの上に紐で編み上げたブーツを履いていた。そこにはロッカールームも、更衣室もあった。そして外の土地で着る服を収納したクローゼットがあった。私有のものでなく、町中の人で外出用の服を共有しているらしい。そしてなんと、白い革の覆いのない車も用意され、並んでいた。
「君たちはWIFIで来たのだっけ?」
WIFI、なんのことだかさっぱり分からない…。ああ、
「ワイヤレスフリーメトロのことじゃない、アルツール」
「でも、メトロ出口なんてあったっけ?」
「あるよ、ほらそこに、3番出口」と、アンヘラが、シールを貼ったようにきれいにヌード色で塗られた爪先を〝W―3番出口〟と書かれた看板の方へ、突き刺すように向ける。階段もある。どことなく地下へと掘られたような、まだ出来たばかりの穴のような印象だけど。入口が狭いから、全然、メトロになんて思えない。
「いいえ、違います。僕たちは車で来ました、そういえば、入ってきたところと場所が違うので、僕たち車を取りに行かなければ…」
「ああ、そうなの」教授は携帯を取り出した。
1時の門に連絡を入れてくれたのか、僕たちの赤いレンタカーは10分後には届いた。3人でこの車に乗り込んだ。教授は帰りには、ワイヤレスフリーを使うみたいだ。
「でも、メトロの中がどうなっているか、見たかったわ」
「そんなに珍しいことないよ」
教授の運転で道を走らせていくと、今度は一段階沈んだ、青い土地が見えた。少し遠くから見ていたときは、それは青々と茂る田だとばかり思っていた。もう少しで、あの生育のよい作物はなんなのでしょう、と聞く寸前で、それは実のない問い、田であるのはいいけれど、田の真ん中の横棒に車が走っているとして、両サイドの秩序良く並んだその2:2のボックスに入っていたのは、海であることが明らかになった。オートマシーンでコラージュの設計がされる時、凹みや穴が見つかれば、すぐに海が入ってしまうのかな、と思った。オープンカーには潮の匂いがなだれ込み、雪崩れさながらに僕たちはその香りに飲まれてしまいそうだったし、もっと近づくと実際に飲まれ、香りの、圧のある筋肉で噛み砕かれているように感じた。欝屈した、ごくりと喉元を通された後、強烈な、潮と魚と太陽の混じった匂いがして、胃液の上にかかった橋を渡るようだった。海水が田を満たしていた地帯を抜けると、日も暮れかけ、爽やかな海の名残をひきずる気持ちの良い風が、苦いものを食べた後の甘みのように僕たちに届いた。3人、6つの頬に等しく当たって、それぞれの髪に塩気を残した。
「ただ目の前に来るイメージを追っているだけじゃダメよね」
急にアンヘラが言った。
「どういうこと?」
「このコラージュの結果は何を伝えたいのかしら。わたしたちに・・・。
エルンストは『百頭女』の製作をするとき、イメージがイメージを選ぶ、運んでくるって言ったわ。ある二つのイメージは、それが遠くからでも近くからでも、うんと古いものでも最近のものでも、隕石であっても蛇であっても、それらが似たもの同士だからって理由ではなくて、ただ引き合うものであるがゆえに引き合うの。そこには法則がある。1、2、3の国、コラージュの混合機によってどんなポエジーが仕掛けられたのか知らないけれど、この目の前の完成されたイメージの背後に流れる歌を見つけたいの」
「混合機は、偶然による結果を作るって言っていたよ」
「でも、その偶然にも固有の、色んな味があって・・・」
「ねぇ、僕たち今、混合機の中にいるみたいだね。混合機の中を旅しているみたいじゃない?」
「ねぇ、真面目に聞いてるの?」
周りにはこれまでとは違って草木が植わっている。小さな蕾のような白い花をふんだんにつけた、産毛のように細く柔らかそうな茎の植物が生い茂っている。黄色い葉を付けた、一段と入り組んだ枝を持つ中背の木も目立つ。写真を撮って、後で写真の枝の上からペンで迷路ゲームをしたくなるような…。幹はもうこのまま嵩に到達するかと思われて、ある程度の高さまでいくと急に花開くように枝が水平に広がる。横にノイズが走るような木。しかしもう少し行ってから僕らを驚かせたのは、フランスの田舎に放牧された羊のように、頭の小さな、青みがかった灰色の鳥が、剥げた土地に群れになっていたことである。すぐに彼女がケニアのガイドブックを開けば、それはフサホロホロチョウと呼ばれる鳥であった。さきほど見た木は、木の幹と樹冠が逆さになっているという、アフリカでは有名なバオバブの木とのことだ。
とここで、あるラインを踏む。白いビニールテープのような線が地に引かれており、それを過ぎると、ふっくらとした赤ん坊の二つの頬の輪郭を下部に持ち、冠を乗せた例の形をした標識が、188の文字を包み込み、プリントされていた。大きく88がその4つの輪を誇示しながらプリントされ、1は細長く左隅に付け加えられている印象だ。さらに、スピードリミット47と書かれた看板も立つ。錆びついた看板棒、人気のなさが不気味な大地、いつも遠くの方にのみ見える町が旅の哀愁をそそっている。
教授の言うには「我々の祖先の国の一つであるアメリカには、オールドルート66というものがあった」という。ルート188に入ると、アンダルシア地方の、白壁にピンクの花の家、バレアレス諸島の青や緑の窓枠がついた白壁の家がところどころに見られるようになる。朝日が昇れば黄色に、日中は限りなく白く、そして夕日が沈むころになると、オレンジ色に家の色調は変わる。「光を映し出すキャンバスさ。白壁の家はね」教授が言った。
と、川が現れた。しかし、その川は、細やかに泡立っており、洗剤を交えているように見えた。少し経つと橋も見え、僕らは少し車のスピードを緩めながら窓を開けてこの泡の正体を掴もうとした。それは、小さな動物たちが水泳大会でもやっているように、一方向へ泳いでいく姿だった。
Image © Matthew Cusick
(第11回 了)
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* 『コラージュの国』は毎月15日にアップされます。
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