〝よし、その売れていない、秘法を使った旅のプランに、僕たちが最初の顧客になってやろうじゃないか。僕は何でも初めてが好きなんだ。初めてを求めるとき、僕は誰よりもカッコよくなれる・・・〟この旅はわたしたちをどこに連れていってくれるのか。青山YURI子の新しい小説の旅、第二弾!
by 青山YURI子
ナイロビタウンとの国境、というか町境を越え、1の国を走ってしばらく経つと、教授も、人口360人の町を離れ開放的な気分でいるのか、口調は軽くなり、会話も弾み出した。やはり、広い土地に立っていることを分かっているためか、僕たちも気持ちがよかった。 タウンは、1の国のホームタウン、核であった。ガードこそ堅いものの、狭 い土地に何かが淀んで溜まっていたとすれば、それは人々の伝統への愛情と信仰心。愛の吹き溜めであり、ソファに身を埋めるように、ほっと一息つける環境がある。町を守るよう に流れる空気にはどこかしら人間に温められたような感じがあり、湿り気はあるが、陰湿 な感じではなく、閉鎖的ではあるが、それは愛情に淀んだ町だという印象だった。
「こんなに遠くまで来ても大丈夫ですか」
「うん、もちろん。ワイヤレスメトロはどこからでも平等に、5秒間で行き先に到達できるんだよ」
「ところで、君たちはどこを旅しているの? これからどこの国へ向かうんだい」
「2の国です。ベネズエラと韓国と、あとどこだっけ」
「モンゴル」
「そう。それだけ、元の国が足された国に行くんです。聞いたことがありますか、コラージュの国、のこと。僕たちにとっては、この地は〈1の国〉だったんです。僕たちにしか見えない、体験できない国だと聞いているのですが…。実際にはこうして国として十分に存在していますよね。この国の名前は〈1の国〉で間違いないのでしょうか?」
「いや、全く聞かないよ。1の国? 正式には、ここは『ア・ケ・ス』という名前なんだ。『ア』と『ケ』と『ス』の間にちゃんと中点も入れてね。アメリカ、ケニア、スペインの頭文字を取ったものだよ。アメリカ、ケニア、スペインという女神が大昔にいて、それぞれこの地に降りてきたんだ。それぞれ『国』を抱えてね。その日は雪が一面に降り積もっていて、彼女たちが包みを開けると土地一面にそれぞれの国が広がり、マーブル模様に混ざり合いながら大地を埋め尽くしたんだ。アメリカ、ケニア、スペイン、というのはそれぞれ『祖先の国』だと今では言われているよ。大昔に存在したかもしれない伝説の国だってね」
「そうですか…。では、『ア・ケ・ス』がコラージュの国として僕たちの訪問先になっていることは知られているのですか」
「いいや、全然知らないよ」
「では外からは見えて中からは見えないシートの貼ってある車に乗って走っているのね、わたしたち」アンヘラがよく分からないことを言った。
「ナイロビタウンだけに、古代人間たちが集められたのは、なぜだったんでしょうか」
「うーん。それは僕たちもまだはっきりとは分かっていないんだ。考古学者だってこの土地に立ち入り禁止だしね。古代人はミステリアスでいたがる。コラージュの国、って、一体なんのことだい?」
「僕たちはただ、旅行エージェンシー、聞いたことありますか?、に行って、まだ誰もしたことのない旅がしたい、って言ったんです。僕たちの若さを呪うような、まっさらな旅を、って。そうしたらこれを。始めに国を、63カ国の中から選び、組み合わせて…」
「アルツールくんたちの世界には63つも国があるんだね!」
「はい」僕たちはにっこりした。
「そうか、」教授は、『微笑ましい』というような顔で、恍惚を笑みの中に織り交ぜながら、目を三日月型にした。
「はい」
「いや、僕らはこの世界にはたった一つしか国がないと思っていたんだよ。国なんて、大昔に女神たちがゲームをしていた、色のようなもので、この土地を染め上げて遊んでいた、という認識でね。神話の世界の中だけの話だって思ってる。〝国〟なんて言葉も、概念ではわかるけど、上手くイメージできない。この大地に三つの国の雫が垂れれば、瞬時に混ざりあって凝縮してしまう、そう教えられている。人には腕や腹や足があるけど、全部つながっている。自分の肉体を切断される気がするなぁ、国が別れているなんて。自分の体が分断されてる様子を想像できない! 足は足だけで生きており、指先は指先のみでキュキュッと。耳は空に飛ばされて、腹は大地となる、か。いやはや、面白い。それで、同じ人間が住んでいるの?」
「そうですよ! 宇宙人はまだ到達していません。宇宙人という未確認生物のことは聞いていますか? 私たちの場所には人間だけが住んでいるけど、63つに国が分かれていますよ!」
「面白い。63つの国が溶け合って、あ・か・さ・た・な・は・ま・や・ら・わ…という国はないのかね?」
「うーん、昨今はグローバル化が進んでいますが、まだないですね。63カ国でやるスポーツの祭典はあります」
「はは。スポーツはそんなにも重要なイベントなんだね。こちらでは、健康を維持するための小運動、という意味に考えられているよ」
「それは僕たちのとこも同じです!」
なんだか、ただひっくり返っただけ、次元が違う、っていうより、水槽の真ん中に仕切りがあって、右には『混ぜていない国』、左には『よくかき混ぜた国』があるようだ。なんらかの仕組みで、ひっくり返っていて、分断されていた箱から漏れた水が混じりあったような。過去と未来のような、そんな並び方。
「ナイロビタウンの英語話者の数はどれぐらいなんですか」
「8割くらいかな。わたしたちは、外の大学へ学びに行くことが多いんだよ。タウン大学、ナイロビタウン大学のことだけど、あそこは服飾科しかないからね」
「そうなんですか?」――「そうなのね」
「高校を卒業して、まず服飾科で学ぶか、それとも外の大学で学んだ後に、また服飾科に戻る。兵役のようなものさ。30歳になるまでに僕らはあそこに行き、そしてその後は死ぬまで、ひたすら可能性の奴隷となって働く」
「奴隷?」アンヘラが聞いた。
「何でそんな言葉を使うんですか?」僕は聞く。
教授の顔は、月が欠けたように寂しそうに見える。
「必ず服飾の仕事につかなければならないこと、どう思います?」
「僕はア・ケ・スで一番、まあこの国は近くの都会の大学へ通うことが一般ではあるんだけどね、僕たちナイロビタウン人はどっちみち故郷へ戻るわけだから、と一発奮起して一番遠くの学校へ通おうと思ってね、そうしたら、一番遠くから可能性を引っ張ってこれると思ってね、それで国一番の遠い大学に通ったんだけど――君と同じジャーナリズムを専攻してたよ。――ルート1の上にあるんだ、ルート1だよ? 11でも111でもなく、1。僕たちはルート100近くにいるから、もうそれは地の果てのようなところだよ。未だかつてナイロビタウン人が足も踏み入れたことのないような。でも、僕は喉から手が出そうなぐらい、1へ辿り着いてみたかった。そして、勉強を続けたかったよ、ジャーナリズムのね。メディアを通して、ナイロビタウンのことも、できるだけ真実を伝えたかった。彼らは、足を耳に生やした人間がタウンには住んでいると半ば生真面目に信じていたんだから。もちろん、僕は真実も明かさなかったし、出身さえも言えない身にあった。単に、ルート86から来たと名乗ってたよ。ア・ケ・スではルート名で自分の出身地を名乗る習慣があることを知っているね? ルート80〜100の間の人間の顔じゃない! なんて言われたこともあったさ。あの伝説のナイロビタウン出身者ではないかと、怪しまれることはあっても、決して口外することはなかった」
「自分の学んだことを、可能性のためにしか使えないって、ちょっと悲しいことだよ。村では可能性が、唯一の光だと教えられている。しかし僕は、可能性のための可能性にはもううんざりで、今まで可能性の追求のために犠牲になってきた、手段としてしか見られてこなかったもののためにも、動きたくなったんだ。
ピュアに可能性を追求していって、何が残るんだ? 子供の遊びと一緒さ。生まれ変わったら、今度は倍増された可能性の山を少しずつ引きちぎって、町の外の土地に、あらゆる分野に、人に、届ける仕事がしたい。可能性を生産するのは町のみんなに任せて、僕はそれを売り渡る行商人になりたい」
ルート188は、国立公園内に入ってきていた。
ケニアの草原風の大地に突如現れた、深い青を讃える『地中海』の湖。「ちょっと降りてみるかい?」との教授の言葉で、立ち寄った。国立公園ということで遊泳は禁止されていたが、ボートに乗って、しばらく波に乗ることができた。
タクシー専用の駐車場で慌ただしく別れのハグをした。「じゃあ、連絡してね。可能性を、どうプレゼンできるか楽しみにしてるよ。君たちは、僕たちよりもずっと可能性があるからね。ナイロビタウンでは若い人がうんと偉いんだ。ぜひ硬く握手を」
空港はJFK調だった。コラージュの国にある空港は、乱雑で、あるスペースには東西南北に国内線ゲートに通じる手荷物検査所などがある。そこを過ぎると、周りの客のイメージが天井にも、壁にもペタペタと貼りつけられていて、少し異様な空間もある。床には、ゲートに着くまでの歩道に、自動歩道が7本並べられていたり。壁にも一本、自動歩道があり-それは、壁の上の方にあった-、僕たちの頭とぶつからないため?-窓の方角に頭を向けた人々が通っていくが、僕たちには、コラージュの国にいるという理性がある。今回はエージェントの用意したコラージュ国専用の小型機ジェットで、2の国へと向かった。
Images: © Matthew Cusick
(第12回 了)
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
* 『コラージュの国』は毎月15日にアップされます。
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■