Interview:吉田直紀インタビュー(1/2)
吉田直紀:ビッグバン直後の宇宙に最初にできた星、ファーストスターの姿をコンピュータ・シミュレーションによって明らかにした。太古の宇宙が目前に繰り広げられているかのごときヴィヴィッドかつ精密な画像、若々しく斬新な手法で導かれた果てしないロマンはNHKの特集番組等で紹介され、一般視聴者に広く衝撃を与えた。東京大学大学院理学系研究科教授(兼)国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員。理学博士(ミュンヘン大学)、応用数学修士(スウェーデン王立工科大学大学院)、工学修士(東京大学)。第13回日本学術振興会賞受賞。子供たちを啓蒙し、宇宙少年を育てる活動にも力を注ぐ。
数年前、NHKの特集番組でファーストスターを観たときの衝撃は言葉に尽くせない。ずっと心の片隅にあり、満を持してのインタビュー企画である。文学金魚でなぜ科学を、と思う向きはご一読ください。世界観を構築する原理を求める創作者にとって、文壇ゴシップなどよりも宇宙の最初の星の方がずっと近しい。とりわけ近年は望遠鏡が発達し、吉田直紀先生のシミュレーションが現実に検証されつつある。これほど興奮することはない。ただ、録音からはなぜか漏れていたが、「もし仮に自分が間違っていたとしても、それでいいんだ」とぽつんとおっしゃった科学者の真骨頂が、なにしろ格好よかった。
文学金魚編集部
■天文学を専攻したわけ■
小原 吉田先生は千葉のご出身ですよね。
吉田 生まれて半年で大阪に行ってしまいましたから、基本的には関西人です。わたし自身は千葉のことはぜんぜん覚えてないんです。
小原 そうなんですか。どうして千葉から灘高に行かれたのかと思って。
吉田 幼稚園からずっと関西なんですが、パスポートには出生地を書かなきゃならないので、千葉ってことになってるんです。小中高と神戸で学校に通って、大学だけ東京(東京大学)です。ですから神戸っ子ですね。
小原 灘高というと東大に進学するイメージですが、先生の頃はどうでしたか。
吉田 わたしの頃はそうでした。今は東大というより医学部進学を目指す高校になっているようです。
小原 まず東大の物理学科に進学し、それから天文学を専攻されていますね。
吉田 理系に進もうとは思っていたんですが、一年生の学部学生の頃は、どういう学問を専攻しようかと、あまり真剣に考えていなかったんです。漠然と宇宙には興味を持っていたんですが。大学に残るなんてこともぜんぜん考えていませんでした。一年生の時に初めて大学教授に接するわけですが、ああなりたいとは憧れないでしょう。むしろこんなのはかなわんなぁと思っていました。われわれの頃はまだバブルの余韻があって、それからITバブルが始まるわけで、そっちの方が楽しそうでしたからね(笑)。学部学生の頃は、コンピュータとかテクノロジーの方に興味がありました。
小原 留学されてから天文学を専攻しようと決心されたそうですが、きっかけはなんだったんですか。
吉田 ズルズルと気がついたらそうなっていたんです。消去法でそうなったわけではないし、積極的に選んだわけでもない。もし積極的に天文学をやろうと思っていたんだったら、東大なら天文学科に行って大学院に進学し、天文学で有名なアメリカのなになに大学に留学というコースをたどっていたでしょうね。でもそういったコースとはぜんぜん関係ないところから天文学を専門にするようになっていました。
小原 従来の天文学の文脈とかノウハウとかを踏まずに、別のテクノロジーから天文学者におなりになったわけですね。対象は天文学だけど、アプローチ方法が違うと。
吉田 そんな感じです。学問の対象を選ぶ時には、やっぱり自分の興味は宇宙にあったんだと思います。生物に行ってもよかったんだけど、天文学に一番惹かれていたんでしょうね。
■天文学とは■
小原 実はわたしも天文学を勉強しようかと考えたんですが、当時、学科は東大と京大と東北大しかなかったんですね。高校生の時に東大で開催されたセミナーに参加したことがあるんですが、最先端の学問という感じはしなかったです。「天文学ってみんなで星見てるって感じなんだよね」とか講師がおっしゃっていました。天文学に進むにはどういう資質が必要なんですかと質問した人がいて、「ほかになにも得意なことがない人が来る所じゃないかなあ」といった回答が返ってきたりして(笑)。
吉田 天文学は興味の対象としては十分魅力的なんですが、学問としては漠然としたところがありますね。
小原 最先端の物理学とも違うし、コンピュータを駆使してるっていう時代でもなかった。星を眺めて必要な計算は手でやっているのかな、とか思ったり(笑)。
吉田 悠久の時が流れているのかもしれません(笑)。
小原 先生は迂回して天文学に行き着いたところが面白いですね。
吉田 後になればしっくり来るんですが、自分が進路や就職先を決める時には、迂回しているといった意識はなかったです。今もそうで、わたしは理学部物理学科にいますけど、それもしょうがないかな、という感じです。
小原 東大の物理学科も大きくて、よく全貌がわからないんですが。天文学科はまだあるんですよね。
吉田 もちろんあります。わたしのやっているのは宇宙物理学で、従来的な天文学とはちょっと違うんです。
小原 宇宙物理学の方がカッコイイ(笑)。
吉田 東大の物理学科だと、宇宙物理学に六、七人教員がいます。天文学と何が違うのか説明するのはなかなか難しいですが、宇宙物理学ではおっきな規模の実験をやらなければならない。天文学科では星を眺めてゆったり考えることが可能ではありますね。
小原 NHKの番組に出演された時は、院生でいらっしゃったんですか。
吉田 いえ、あれは柏原発に行った後ですから、少なくとも准教授にはなっていました。
■ファーストスターについて■
小原 テレビではお若く見えますね。先生の研究テーマは、ほかのジャンルから参入されて来た方独特の新しいものだと思うんです。
吉田 わたしの手法はコンピュータをガッツリ使うというものですね。元々は工学部ですからコンピュータの知識はあったわけですが、それを手元にあってすぐ使えるツールとして活用してきた感じです。大学院の頃はまた別のことやっていて、ダークマターとかについて宇宙全体のことを研究していました。大学院を修了した後に、ある程度それまでやってきたことをリシャッフルして自分の中で新しいことを始めようとした時に、最初にできる星ってなんなんだろうというテーマになったんです。興味もありましたし、研究の課題としても面白いんじゃないかと考えたんです。それが二〇〇一年くらいですね。最初の星という研究テーマが重要だという業界的認識があったわけではないですし、かといって意味のないものとして捉えられたわけでもないんですが、自分としては刺激的で新しいテーマだと思ったんです。後々はブラックホールの研究なんかも始めるわけですが。
小原 理論物理の世界ではコンピュータの活用が必須になっていますね。
吉田 テーマは違ったんですが、大学院でもコンピュータをフルに活用する研究室や先生についていました。それでコンピュータを道具として使えるようになったんです。
小原 理論物理の世界ではコンピュータ・シミュレーションの歴史はそれなりに古いですね。
ファーストスターのコンピュータシミュレーション図
『科学研究費補助金 若手研究(S)「大規模数値計算による初期宇宙構造の形成、進化、およびその大域的分布の理論的研究」(2008-2012)研究成果発表用ページ』(http://www-utap.phys.s.u-tokyo.ac.jp/naoki.yoshida/cosmo.html)より
吉田 コンピュータというかシミュレーション業界の中では、理論物理学は一大ユーザーだと思います。理論物理学ではデスクトップ実験ができないですからね。お星様を作ったり、太陽を回転させたりできないんです。コンピュータを使い出したのは一九六〇年代から七〇年代で、そこでのシミュレーションが、一般的には天気予報などに活用されるようになっていった。わたしが研究を始めた頃には、理論物理の世界でコンピュータを使ったシミュレーションを行うことは、ある程度一般的になっていました。
小原 コンピュータ・シミュレーションを使うと研究結果がヴィジュアルになり、一般の人の興味も惹きやすいですね。
■宇宙の果てについて■
吉田 取材を受けたり記事を書くことが多くはなりました。だけどそれだけじゃダメです。天文観測も大事で、今はずっと遠くの宇宙を見られるんじゃないかという期待感が高まっています。少し専門的な話になりますが、原理的に言うとわれわれが見ることができるのは一三八億光年先なんです。これが宇宙が始まった時です。今は一三〇何億光年くらいまでは見えるんです。残っている数億光年、つまりホントに宇宙が始まった時がまだ見えていません。それが再来年打ち上げられる望遠鏡で見えるんじゃないか。天文学全体の方向性は、より遠く、つまり宇宙が一番若かった時の姿を明らかにすることにあります。それがわかり、理論と観測が一致すれば、わたしがやってきた研究の意味もはっきりするんじゃないかと期待しています。
小原 先生の理論が証明される時期が近づいているということですね。文学金魚は文系の読者が多いのであえて説明しますが、「○○光年先が見える」というのは、大昔にすごく遠くで起こったことが、今やっと目に入るということですね。ビデオに録画されているように、大昔のことが目に見える。過去のことが、遠くのこととイコールになる。
吉田 わたしたちは遠くの現在の姿は見られないんですが、過去のことはわかるんです。宇宙が若かった頃の姿は見える。それを明らかにするためには、望遠鏡をどうやって使えばいいのかという問題にもなります。そういう所とも宇宙物理学はつながっているんです。
小原 宇宙物理学は天文学などに比べ、学問世界ではその重要性が認知されにくい学問だったんでしょうか。
吉田 やっぱり目に見えているテーマ、やることがはっきりしているテーマというのは、学問の世界でも固いテーマなんですね。わたしが研究している最初の星なんかは、実際に目に見えていないし、何がその実体なのかもはっきりわかっていない。ですから宇宙物理学に距離を置く方もたくさんいらっしゃいます。
小原 宇宙物理学は、肉眼では見えませんが、コンピュータ・シミュレーションなんかを駆使して、宇宙の始まりからその全体性を構造として示せるというところが画期的だったんじゃないでしょうか。
吉田 観測技術の向上と歩みをともにしていますけどね。わたしたちがコンピュータ・シミュレーションを始める時も、まったく何もわかっていない状況で始めるのではなく、今現在わたしたちが観測データで知っている事柄が、ちゃんと再現されるような形で行うわけです。宇宙の発達の時間を巻き戻したらどうなっているのか、ということがシミュレーションで検証できるようになっている。
小原 天体観測によって見えてくる部分が増えてくれば、その確定した所からさらにシミュレーションを遡らせることができる、正確にすることができるということですね。
吉田 たとえば大きな星ができたとして、いろんな条件が変われば、その発生のメカニズムも変わるんじゃないかと疑問に思われる方も大勢いらっしゃいます。でも今の宇宙物理学では、あまり多くの条件を変えられないんですね。
小原 シミュレーションの初期値は、恣意的なものではないということですね。そうすると、実際の観測結果も、シミュレーションとそう大きくは変わらないものになるだろう、という所まで来ているということですね。
吉田 そうでなければ適当な予言みたいになっちゃいますね。それはそれで楽しいんですけど(笑)。ただ現在はある程度信頼の置ける結果がシミュレーションによって得られる。シミュレーションは天体観測と相まって進んでゆくものですが、それがうまく重なり合って機能し始めたのが、二〇一〇年代頃からです。
■ダークマターについて■
小原 先生が研究を始められてから今日まで、修正点はたくさん出たんでしょうか。
吉田 研究を始めて最初に気になるのは、ある特殊な例です。それを研究していくと、いろんなパターンがあることがわかりました。ざっくり言うと、宇宙の始まりは最初から多様性を含んでいたということです。
小原 最初からさまざまな星ができた、と。
吉田 小さな星ができたし、すごく大きな星もできた。それには理由があります。条件によって星の大小が変わってくる。そういう多様性の理由づけ、条件づけがいろいろ見えてきたということはあります。
小原 一つぽつんと星が発生したわけではなく、同時発生的だったと。
吉田 恐らくそうですね。宇宙は広いですし。
小原 ビッグバンがあって、ちょっと経つと多様になったわけですね。ちょっとと言ってもずいぶん長い時間ですが。ただその多様性がわかってくると、ビッグバンそのものについてもある程度わかってくるんじゃないですか。
吉田 たとえばビッグバンの際に、ダークマターがどういう役割を果たしたのかという問題があります。
第23回理論渾身シンポジウム「林忠四郎先生と天文学・宇宙物理学」
ダークマターと構造形成
吉田直紀 数物連携宇宙研究機構pdfより
(https://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/ws/2010/tap2010/pdf/22_2_yoshida.pdf)
小原 ダークマターについては今もよくわかっていませんね。先日、誰かがダークマターを見つけたという記事を読んだように思いますが。
吉田 ダークマターが見つかったという話はたまに出ます。でもまだ学問的には確定していません。微視的な素粒子なのか、ゴツゴツした天体のようなものなのか、わかっていないんです。宇宙全体に占めるダークマターの割合は、すごく正確にわかるんです。ただそれが何かは特定されていない。ダークマターの正体は、簡単に言うと重力を及ぼすものという定義がはっきりあります。
小原 わたしは数学科出身なんですが、数学的に言うと、ダークマターは何かの数値に過ぎないんじゃないかという考え方はありませんか。変数を変えたらなくなっちゃうようなものじゃないかと。それともダークマターは、現実にあるマテリアルと考えた方がいいんですか。
吉田 ダークマターは存在しないんじゃないかという研究をされている方もたくさんいらっしゃいます。主に重力理論の研究者たちですね。それはそれですごく面白い。ただいろんな観測データを突き合わせると、モノとしてはほぼ間違いなくあります。これなんかはダークマターの直接証拠と言われているものです。引っ掻き傷みたいなものが見えますね。これは全部銀河の形です。ここに虫眼鏡があるんですね。この虫眼鏡の元となっているのは、ここにある小さな銀河じゃなくて、大量のダークマターがないと、こういうことは起こらない。
小原 銀河湾アーベル22E18ハップル宇宙望遠鏡撮影画像ですね。
吉田 ダークマターなしに、こういう虫眼鏡のような像の歪みを作ることは、できないことはないんですが、だんだんそう考える方が無理があるということになってきた。
小原 昔は重力波の歪みと言っていましたが、それはダークマターで説明した方が無理がないということですか。
吉田 わたしどもの宇宙理論の面白いところは、最終的に、実際の姿と理論に無理がないかどうかにかかっているということです。ダークマターが何かがわかっていない以上、それで実際の宇宙の姿を説明するのは無理があるとも言えるわけですが、その正体を棚上げしてダークマターというモノの介在を受け入れると、理論としては無理なく説明できるようになるんです。
■理論の整合性について■
小原 最終的に現実と理論に無理があってはいけないというのは、文学の世界でも同じです。当初は誰もが自分の意見は正しいと主張するわけですが、無理がある理論は自然淘汰されてゆきます。
吉田 そういう意味では宇宙理論も極めて人間的な営みです。歴史を古く遡ると、人類は長い間地球が宇宙の中心だと考えていました。観測データは違うと言っているのに、無理していたんですね。でもケプラーやガリレオが出てきて地球中心の考え方をやめると、観測データとの無理が解消される。そういう理論と現実との整合性を考えながら、研究なので頑張れるところまでは頑張るというのがわたしたち研究者の姿です。
小原 先生のファーストスターの研究は、学会でも評価されているでしょうが、NHKが取材に来て、わたしたちが非常に興味を惹かれる理由も、それが目に見えるということにあると思います。シミュレーションに過ぎないと言うこともできますが、シミュレーションの土台は無理のない観測結果に基づいています。そして何年か先には、恐らくシミュレーションを裏付ける観測結果が得られる。わたしたちの日常は、過去に何が起こったのかを正確に把握できませんが、宇宙は違うんですね。過去に起こったことが、かなり正確に把握できる。
吉田 より大きな望遠鏡を作ると、より昔が見える。そして昔に起こったことがより正確にわかるようになる。変な話ですが(笑)。ただ宇宙物理学も突き詰めていって、じゃあ宇宙がどう生まれたんですかというところまで来ると、なかなか観測や実験だけではわからない。シミュレーションによって推測するしかないわけですが、わたしとしては、それなりに現実的なものを研究対象にしたいという思いもあります。ファーストスターの研究にはそういう意味もありますね。あまりにも抽象的だと説得力がなくなってしまう。
小原 宇宙の始まりっていうのは、理論と現実が合致しないと宗教みたいになっちゃう可能性がありますね(笑)。ヴィジュアル化はコンピュータを使わなければ不可能だったわけですが、いつ頃から可能になったんですか。
吉田 わたしが院生だった頃は、観測技術があまり進んでいなかったです。コンピュータの力も今ほどではなかった。二〇〇〇年を過ぎた頃にダークマターの存在が議論され始めて、コンピュータパワーも、ちょうどその頃から三次元空間を再現して実験ができるくらいの能力になった。二十年前だと、いろんなアイディアは思いついても、それをシミュレーションという形で実験することはできなかったですね。
■ジャンルの越境について■
小原 先生の学問というか、宇宙論の取り組みの道筋は、非常に現代的だと思います。わたしどもは文学の世界にいますけど、小説と詩を問わず、二十世紀から引き継いだ方法が制度疲労を起こしているように感じます。若い文学志望の人にジャンル論の話をするとすごく食いついてくる。文学は実質的に小説、詩、演劇といった形で縦割りになっています。小説でも純文学、推理小説、時代小説、ホラー、ラノベと細かく分類されて、実際に本屋さんの棚はそういう形で区分されています。だけど若い作家は、純文学、推理小説といったジャンルを横断して、一番いい部分を組み合わせて新しくて面白い作品ができないかと考えている人が多い。どのジャンルにも自分ははまらないと考えている人が多いということでもあります。いろんなジャンルの方法論を組み合わせて新しい何かを生み出すのは、現代では重要な方法なんじゃないでしょうか。
吉田 そうかもしれません。わたしの学問は、理論物理学なのかというと、ちょっと違う。天文学一辺倒でもないし、コンピュータ科学というわけでもない。ただ宇宙のことをやっていますとしか言いようがない面があります(笑)。
小原 そこなんです。先生の学問がわたしたちに響く点は。専門分野を決めた方は、そこでもちろん一生懸命仕事しておられる。だけど従来の文脈に足を引っ張られるというか、そこでの力学に従順になってしまう。文学の話で言うと、あなたの書いている小説は純文学なんですか、推理小説なんですか、ホラーなんですかと出版社から言われちゃうことがしばしばあります。本屋のどの棚に入れていいかわからない、売り方がわからないってことなんです。でも最初からジャンル分けした小説しか書いちゃいけないと言われると、新人作家は当然「ええっ、そういうもんなの?」になりますよね(笑)。もちろん従来の文脈で出版社とうまくやってきた人は当然そのまま行こうとするわけですが、一方で文学書の売り上げは減り続けているわけですから、何か変えなくちゃならない。ただ、どのジャンルでも突拍子もない変化は起きようがないので、様々な知を結びつけて新しい学問や作品を作り出さなければならない。
大学共同利用機構法人 情報・システム研究機構
『サイエンスリポート(Science Report 015)』より
(https://sr.rois.ac.jp/article/sr/015.html)
吉田 わたしも、よく東大の物理学科が採用してくれたなぁと思うことがあります(笑)。わたしの研究テーマは実験物理でも理論物理でもないわけですから。
小原 本屋さんの棚に入らないからダメと言わないところが、さすが東大です(笑)。
吉田 物理学科に、よく宇宙物理学なんていう新しいジャンルを作ってくれたなぁ、って(笑)。
小原 今まで実績を上げてきた既存のジャンルはもちろん必要ですが、それだけじゃ将来的な発展が望めないと考えている人がいれば、必ず新しいジャンルを生み出そうとすると思うんです。ノーベル生理学・医学賞を受賞された山中伸弥先生はアメリカ留学から帰ってきて奈良先端科学技術大学院大学に所属されたのですが、やはり、よく採用してくれたなぁとおっしゃっていました。山中先生は日本に帰って来て「あなた、ネズミの研究をしてるそうだけど、人間の病気を研究した方がいいよ」と言われて、ノイローゼになりそうになったそうです(笑)。何にもはまらない学問をなさっていたわけですが、今は既存の枠にはまらないくらいでなければ、新しいモノが出てこない時代だと思います。
吉田 研究テーマがテクノロジーの分野で、こういうことがわかるべきだという目標がはっきりあったら、たくさんの人やリソースを注ぎ込むことで、ある程度の水準まではすぐに行っちゃうんです。だけどそこで飽和してしまう。その先の未知の領域に足を進めようとすると、どんどん大変になってゆく。問題自体は深いんだけど、結果がはっきり出にくいので、重要なのかなんなのか、わからなくなってゆきます。だから研究者も固いテーマにこだわる人と、あくまで新しいテーマを追求しようという人が出てくる。どっちがいいとは言えませんが、学問的にも多様性が保たれている方がいいでしょうね。
(2017/11/06 後編に続く)
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