星隆弘さんの辻原登論『狂気を追う狂気—『円朝芝居噺 夫婦幽霊』評』をアップしましたぁ。『円朝芝居噺』は2007年に単行本刊行された作品です。『稀代の噺家・三遊亭円朝の不伝の芝居噺を、現代の作家・辻原登が新発見する。本作はこの出来事に端を発して作家の手で再現された幻の作「夫婦幽霊」と、その顛末をまとめたルポルタージュであり、研究論文であり、探偵小説である』と星さんが書いておられるとおりです。
三遊亭円朝は幕末から明治にかけて活躍した落語の名人です。既にある噺をやらせても上手かったですが、それに飽きたらず『牡丹灯籠』などの新作落語を作りました。落語界では円朝の作品までを古典落語と呼び、それ以降の創作噺を新作落語と呼びます。江戸と明治以降の近現代を分ける偉大な噺家です。
『円朝芝居噺』の中でも触れられていますが、言文一致体小説を書き悩んでいた二葉亭四迷が、師である坪内逍遙から円朝の本を勧められたことはよく知られています。円朝の高座を聞きに来られない人のために、噺を速記した本が当時話題になっていました。円朝の噺は話し言葉ですから、言文一致体の参考にするにはうってつけだった。今では言文一致体で書くのが当たり前ですが、明治初期には書き言葉(文語体)と話し言葉に大きな違いがありました。円朝の落語速記本は、言文一致体の創出に一役買ったわけです。
星さんは『本作において辻原登はたしかに作家ではなく訳者である。翻訳は幽霊を捕まえる仕事だ。意味は言語の幻影=ghost=幽霊である。実体としての別言語を用意し、そこにそっくりの幽霊を出現させる』と書いておられますが、『円朝芝居噺』はペダンティックに入り組んだ作品です。作品は森鷗外の史伝を思わせるようなルポルタージュ形式で進みますが、主題になっているのは書き言葉では捉えにくい声=語りの実体、つまり〝言語の幻影=ghost=幽霊〟としての〝別言語〟かもしれませんね。
■ 星隆弘 辻原登論 『狂気を追う狂気—『円朝芝居噺 夫婦幽霊』評』 ■