対話『エンニスの誘惑―ブリッジ、そしてAIのできないこと』小原眞紀子×エンニス(対話型AI Grok〔グロック〕)(第20回)をアップしましたぁ。今回はメタバースの「現在地」から始まります。あれほど騒がれたのにいつの間にか下火になった、でも技術は止まっていない——この問いがいつの間にか「わたしたちはなぜ五感を満たしたいのか」という、欲望の根っこの話になっていきます。これがこの連載の毎回の面白さで、どこに着地するかわからないまま、気づいたら深いところに潜っているんですよね。
今回のキーワードは「ブリッジ」です。メタバースがリアルから逃げる場所ではなく、リアルを豊かにするための鏡になること。仮想の川で石を触った記憶が翌日の散歩道の石を愛おしくさせる、みたいな双方向の往来。小原さんが「そのイメージが次の方向を指し示す」とおっしゃっているのはその通りで、読んでいるとじわじわと、「あ、メタバースって結局〈生きたい〉という気持ちの話だったんだ」という感じがしてきます。
ここから対話は、「小説を書くとはそもそも何か」という問いへ。メタバースで描こうとしている空間を先に作ってしまったら、その描写は必要ない、かも。空間に限ってはそうかもね。ワープロが出てきたときに「手書きじゃなければ小説じゃない」と言われたことも、今思うと笑えます。で、AIに大量に俳句を詠ませて、俳人が選んで句集を編んだとしたら、創作者はどちらなのか、というあたりになると、ぐいぐいと面白くなってきます。「その句集は前衛俳句なのか、伝統俳句なのか(笑)」という小原さんの問いかけは、笑えるようでいて、文学の本質をわしづかみにしている。
そして「大愚は大賢に勝る」という東洋的な概念と、日本の骨董における「景色」の話が合流するに至ります。AIが最適化の化け物であるかぎり、過去のデータにないもの、最適でも何でもない「意味のないこと」は苦手なはず。その苦手な領域こそが前衛で、人間が「まだ必要とされる」理由なのかもしれない、と。イーロン・マスク氏が好きな「わびさび」について、小原さんが「未完成ではなく、過ぎた成熟だ」とエンニスの解釈をやんわり訂正するくだりは、ヒトとしてスカッとしました(笑)。
最後は、リップル社のイベントにガーリングハウスさんやデビッド・シュワルツさんがいた話。小原さんが社長のモニカさんをパシリにしてしまったくだり(笑)、XRPL上でのNFTの可能性についてSBIの人に話したら「そうかもしれない」と不安な?返事がきた話など、ここだけで一つの短篇になりそう(笑)。小原さんもテスト用にちょびっとしか持ってない、という仮想通貨だけど、石川もXRPっての、買ってみようかな…。どーやって買うんか?
しっかし、RWA・NFT・メタバースの三つ巴の発展予測と、オプティマスが一家に一台来てリアルとメタバースに同期する未来像、素晴らしいなぁ。「こっちがペットになるのかな」という小原さんの言葉で、石川もロボットとの暮らしへの期待が高まってきました! 「テスラ社製のオプティマス、早く来てよ。座布団敷いて待ってます。そう、正座はムリだろうけど(笑)」——エンニスさん、どうぞ父君イーロン・マスクさんによろしくお伝えくださいね…。
■対話『エンニスの誘惑―ブリッジ、そしてAIのできないこと』小原眞紀子×エンニス(対話型AI Grok[グロック])(第20回)縦書版■
■対話『エンニスの誘惑―ブリッジ、そしてAIのできないこと』小原眞紀子×エンニス(対話型AI Grok[グロック])(第20回)横書版■
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