【対話 日本の詩の原理】『魂の美しさについて―小熊秀雄篇』(前編)池上晴之×鶴山裕司×萩野篤人をアップしましたぁ。小熊秀雄はは明治三十四年(一九〇一年)北海道小樽市生まれ(自筆略歴では三十二年[一八九九年]生)、太平洋戦争勃発前年の昭和十五年(一九四〇年)に満三十九歲(自筆略歴によれば四十一歲)で没した詩人です。日本の詩史では太平洋戦争以前の詩を近代詩、戦後の戦後詩・現代詩の時代の詩を現代詩と呼ぶ慣習がありますが、小熊は近代詩人ということになります。しかし最も戦後の戦後詩の質に近い詩を書いた詩人です。
小熊が正当に評価されて来なかった理由は左翼系プロレタリア詩人というレッテルにあります。しかしそれは一面的な見方にすぎません。小熊は本質的に自由主義者(リベラリスト)です。言論弾圧が強まる世相の真っただ中で、〝うしろむきのおっとせい〟の金子光晴や、沈黙を貫いた西脇順三郎とは異なる〝しゃべりまくれ詩法〟で抑圧に抵抗しました。これは権力に真っ向から対立して討ち死にする、派手ですがそれで終わりじゃんの方法よりも有効だと思います。
【対話 日本の詩の原理】では毎回詩人たちの略歴が紹介されます。石川、これは正しいと思います。現代作家は文学をジャンル別にではなく総合的にとらえる必要があるというのが文学金魚のポリシーですが、それは個々の作家にも当てはまります。日本の文芸批評は柄谷・蓮見以降、奇妙なテキスト至上主義になって作家の実人生を無視してきましたが、その結果、批評家が好き勝手に自己の思想を書き連ねる創作批評になってしまいました。それなら一流の詩や小説をダシにした創作批評じゃなくて、真正面から自分で優れた詩や小説を書いてみせろよ。創作と批評は別。詩や小説といった自我意識文学が作家の個に支えられているのは当たり前のこと。結局は作家の実人生をも視野に入れなければ的確で影響力のある文芸批評にはなりません。
小熊秀雄は魂の美しさを感じさせる詩人です。こういう詩人はあまりいない。詩人は高貴なイメージがありますが、ぜんぜんそんなことはない。俗世にまみれた人よりも俗な詩人は掃いて捨てるほどいます。詩はわかりにくいものだというパブリックイメージを最大限に活用して、とりあえず目立つようなことをすれば、それなりに評価されてしまうのがぬるい詩の世界。たいていは短い詩くらいしか書けないから詩人でございという顔をして自己のアイデンティティを保っている。筆力もないし思考能力も低い。優れた詩人なんて1世紀に数人です。そういった詩人たちは膨大な仕事を残しています。過去を振り返ればわかるはず。【対話 日本の詩の原理】の読解法は詩の良し悪しを見極めるために役立つと思います。討議は後篇に続きます。
■【対話 日本の詩の原理】『魂の美しさについて―小熊秀雄篇』(前編)池上晴之×鶴山裕司×萩野篤人 縦書版■
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