池田浩さんの文芸誌時評 『No.005 三田文学 2013年夏季号』 をアップしましたぁ。このところ俳句評論やヴィジュアル系コンテンツ、広告コンテンツなどが続いて文芸誌時評が溜まってしまひました。執筆者の方に文句を言われる前に、これから数日は文芸誌時評を掲載します。今日は池田さんの 『三田文学』 評ですが、相変わらずきついてすね (爆)。でも作家志望の方には、一定の教育的意義があるのではないかと思います。
文壇はあるのか、詩壇は存在するのかという議論は答えが出ないですが、あると思っている人ほど 〝ある〟 とは言わないでしょうね。権力から遠い作家の方が、ないと言いたがる (爆)。ほんで乱暴に言ってしまうと、日本の文壇の中心は文藝春秋社さんの 『文學界』 と 『オール讀物』 だと思います。芥川賞と直木賞が文壇の中心だと言ってもいい。この2誌の影響力がどのくらい強いかは、文壇にちょこっとでも足を踏み入れた方は実感としてわかっているはずです。だからどうということはないですが、作家志望の方は、そういう現状がここしばらくは変わりそうにないといふことを頭の隅に入れておいた方が良いでしょうね。
で、池田さんが書いておられるように、『三田文学』 さんが 『文學界』 さんとパイプを築きつつある感じなのも誌面を見ていればわかります。メリットは…あるでしょうね。文学金魚だって 『文學界』 さんと提携できるならウェルカムかも (爆)。外から見ているといい加減な原稿もポンポン載っているように見えるでしょうが、『文學界』 に作品が掲載されることは、苦労している作家にとっては赤飯モノだと思いますよ。
そんで新人賞ですね。別に秘密ぢゃないので書きますが、たいていの文芸誌の新人賞は過去に新人賞を受賞した作家らが下読みして選別します。彼らは自分が賞を受賞した文芸誌の好みを知っていますから。そこに編集者の意見が加えられて最終選考まで行くわけですが、選考委員の作家がかなり強力にプッシュしない限り、下読みと編集者意見で受賞作の大枠は固まっています。だからどうしたという話でしかないですが、これもちょっと頭の隅に入れておいた方がいいかも。要するに作家は作品の質はもちろん、ありとあらゆる能力を活用して自己主張しない限り、なかなか新人賞は受賞できないといふことであります。
■ 池田浩 文芸誌時評 『No.005 三田文学 2013年夏季号』 ■