2013年、00年代バンドの代表格の一つであったandymoriが解散を発表した。5枚目のアルバム発売直前だった。2008年のレコードデビュー後、年一枚のペースを落とすことなく駆け抜けた。しかし9月のラストライブを前に小山田壮平が重傷を負ったことにより活動停止を余儀なくされる。以来解散前夜が続いている。
このバンドの代表作に、『16』という歌がある。
「どこにもいけない彼女たち 駅の改札を出たり入ったり」
「16のリズムで空をいく」
(16)
この歌の詞は、地上から空へ、地上から空へ、を反復する。しかも、水平から垂直へ、のような角度の問題ではなく、地上的水平から天上的水平を夢みている。この運動には、多くの人が聞き馴染みがあるだろう。はっぴいえんどの『風をあつめて』がその筆頭といえる。70年代初頭に<日本語ロック>を大きく前進させ、今なお影響を及ぼし続けている曲だ。
「起きぬけの路面電車が 海を渡るのが 見えたんです」
「それで ぼくも 風をあつめて 蒼空を翔けたいんです 蒼空を」
(風をあつめて)
『16』を聞くと『風をあつめて』を思い出し、『風をあつめて』を聞けば『16』も聞きたくなる。それは二つの歌が似ているからだけではなく、どこか表裏のようだからだろう。作詞者小山田壮平にそうした意図があったとは思わない。が、聴き手には、二つの詞は地続き、というより、ほとんど同じ町の景色が浮かんでくる。上に並べたように交互に聞き返していると、わたしの場合は『16』の詞に落ち着く。小山田のほうが歳が近いというのもあるが、『風をあつめて』のような早朝の散歩者でいられる時間は、もう過ぎてしまったようだ。「緋色の帆を揚げた都市」は、すでに白昼を、きっと過ぎている。
『16』と『風をあつめて』では時間の流れが異なる。後者の詞は一番から三番へと進むにつれ、未明から日の出、午前へと時間がリニアに進行する。『16』では時間は回帰的に流れる。その秘密は<歌中歌>の構造に見つけられる。
「何でもない日を繰り返し 歌い続けてから幾年が過ぎ」
ここでうたわれている歌は、『風をあつめて』であるといってもいい。収録アルバム『風街ろまん』が1971年に発売され、はっぴいえんどが解散し、小山田が生まれたのが1984年、andymoriが結成され、『16』収録のセカンドアルバム『ファンファーレと熱狂』が2010年発売。ゆうに40年の経過があり、『風をあつめて』は<日本語ロックの金字塔>として歌われ続けてきた。それは観察者の歌だ。うたい手の姿は見えないが、早朝の海沿いを散歩し、喫茶店で暇をつぶしながら窓外の通勤者を眺めている。水平に、水平に視界を広げながら、青い空を翔けることを空想している。
その観察者の位置を40年後に引き継いだ最新記録の一つが『16』なのだ。40年前の蒼空は、40年後の観察者には「空っぽの空」に見える。白昼を過ぎたであろう青い空は、「なにもかも捨ててしまいたくなる」。「このまま眠ってしまいたい」。目を閉じたいという観察者の告白。40年前にぼんやりと靄がかかっていたのは昇っていく太陽だった。40年後には斜陽の、そして夕闇の予感がある。
40年後の観察者は空っぽの空とともに、人々の嘘を観察する。「かわいくなれない性格で」という嘘。「やさしいんだね」という嘘。「今度呑もうね」という嘘。罪のない「なんとなく」の嘘は、なにも傷つけないが、その代わり<本当>を持たない。<本当>がないから傷つけることを恐がらなくて済む。<本当>一つ分の空白と、空っぽの空が等価で結ばれる。
小山田が『16』でうたうことは、『風をあつめて』がうたわなかったこと、少なくとも詞語選択からは漏れたにちがいない街の観察記録だ。それは特別なことではない。これまでも『風を集めて』はうたわれ続けた。うたわれたぶんだけ、うたわなかったことが残り、それをうたう人が現れる。小山田もその一人で、『16』を作り、<歌中歌>を構築した。それは『風をあつめて』をうたいながら<うたわなかったこと>をうたうための構造だ。この構造は40年間を取り込み、『風をあつめて』のリニアな時間を閉じ込め、回帰させる。未明から日の出の時間と、それを包み込んだ午後の時間の入れ子式。二つの歌は一つの構造に取り込まれ、相補的に<うたうこと>を閉じ込めてしまう。『風をあつめて』が暗に含んでいた午後の不安、靄が雲になって太陽を覆ってしまうような不安は、こうして『16』の午後の青空に解消される。空っぽの空であることを暴露されることを代償にして。『16』もまた、取り込んだ午前の時間へと回帰する回路によって完結する。午前は午後へ、午後は午前へ。もう斜陽を恐れる必要はない。
『16』の永遠のような回帰を最後に担保するのは、次の一節である。
「祈りを込めて歌うように 神様に会いにいくように
16のリズムで空をいく 明日もきっと空をいくのさ」
ややもすると不躾な観察者のようなうたい手の本性の明け透けな告白。それは『風をあつめて』がうたわなかったことである。小山田ははっきりと言ってのける。「16のリズム」とは本作の16ビートに由来するのだろう。うたいつづけるかぎり空をいける。それは太陽よりも夜よりも高い水平を渡る。
星隆弘
■『16』 by andymori■
http://youtu.be/iooLc9PKkAM
■『風を集めて』 by はっぴいえんど■
http://youtu.be/eM-9s232XuY
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