『ゴースト・フライト』Dark Flight 2013年(タイ)
監督:イサラー・ナーディー
キャスト:
マーシャ・ワタナパーニット
ピーター・ナイト
ナモー・トーカムニット
パッチャリー・タップトーン
上映時間:105分
■タイ映画史上最も興行的成功を収めたホラー映画■
ジャパニーズ・ホラーの火付け役となった日本の『リング』(98)が公開され、貞子が一つのイコンとして呼び物になった世紀末。『リング』の影響を受けたアジア圏の国々は、『リング』のモチーフを取り入れたモダンなホラー映画を国内で次々と製作するようになった。韓国ではアン・ビョンギ監督の『コックリさん』(04)を筆頭に『箪笥』(04)や『ボイス』など質の高いホラー映画が量産され、香港ではオキサイド&ダニー・パン兄弟が『the EYE アイ』(01)シリーズで世界的な人気を獲得し、ハリウッドの潤沢な資金でリメイクされるようになった。
そしてタイでも『心霊写真』(06)というホラー映画が大ヒットを記録。本作はハリウッドでリメイクされ、タイ製のホラー映画は一躍世界に知られるトランスナショナル・シネマとして注目を浴びるようになったのである。多くの批評家が絶賛した『心霊写真』から7年後の今日。『心霊写真』の興行成績を抜いて、タイ映画史上最も売れたホラー映画がついに誕生した。それが『ゴースト・フライト 407便』Dark Flight(13)である。
いつものように乗客を乗せて飛び立つ旅客機に突如現れるおびただしい数の幽霊。何故、この飛行機に幽霊が出現するのか。極度の気圧の変化による幻想か、それとも現実か。困惑した乗客と客室乗務員たちは、次第に幽霊の恐怖と酸欠に耐え切れなくなり、思いもよらぬ行動にでる。そして本作は阿鼻叫喚の地獄絵図を展開させながら、物語は予期せぬ方向へと突き進んでいく。
一見すると本作は、テロリストによって大量の毒蛇を旅客機内に放たれ、サミュエル・L・ジャクソン演じる主人公が毒蛇との死闘を繰り広げるハリウッドのパニック・ホラー『スネーク・フライト』(06)とよく似ていると指摘することができる。たしかに奇想天外な設定や物語はよく似ているし、ジャパニーズ・ホラーの幽霊描写を拝借している感じは否めない。またユーモアも含んだアトラクション型のパニック・ムービーに仕上がっていることから、友人やカップルと騒ぎながら見るというのも楽しい。だが同時に、本作『ゴースト・フライト 407便』を観た方は、恐らく従来のハリウッドの心霊ホラーやパニック・ホラー、あるいはジャパニーズ・ホラーにもない新鮮さを味わうことになるだろう。なぜなら本作にはこれまでの幽霊モノの映画やパニック映画ではほとんど描かれなかった恐怖展開を採用しているからだ。それは日本の怪談映画にも通じるサイキックな恐怖展開と言える。では密室を利用したパニック映画の本作は、一体どこが他の密室劇パニックと異なるのだろうか?
■密室劇のパニック・ホラーにおける新鮮味■
そもそも密室劇のパニック・ホラーとは、何らかの建物や室内から脱出できない人々が無気味なものに襲われていく映画作品である。代表的な作品としては宇宙船内でエイリアンが人々を襲う『エイリアン』(79~98)シリーズ、タコの化け物が登場する『ザ・グリード』(98)、海の研究施設で知能の高いサメが暴走する『ディープ・ブルー』(99)などが挙げられるだろう。それらの作品では、密室環境であるために、様々な人種やタイプの異なる人物が集まっており、大抵の場合、男性ヒーローやヒロイン、おふざけキャラ、そして利己主義的な価値観で行動する人物といったキャラクターが中心となる。又、ほとんどにおいて未知のモノやモンスターは物理的な攻撃を仕掛けてきて、脱出不可能な環境下にいる被害者たちを一人また一人と殺害していく。このように密室を舞台にしたホラー映画は、お馴染みのキャラクターとお馴染みの展開を見せていき、90年代から00年代前半まで(CG技術の発展に伴い)好んで製作されたサイクルであり、本作『ゴースト・フライト 407便』はそうした密室劇のパニック映画の約束事を継承していると言える。
実際に本作ではオープニングから個性的なキャラクターが語られていく。まず本作のヒロインとヒーローは女性客室乗務員と整備士であり、ヒロインの方は何かしらのトラウマを抱えていることが暗喩的に語られる。他にも上流階級の家族(利己主義的な鬼嫁と妻に逆らえない父親、そしてイギリス留学を強制させられながらもパイロットを夢見る反抗期の娘)やヒッピーな遊び人、聖職者故に女性に触れない僧侶、出会いを求める香港女性、飛行機恐怖症の老女、アメリカ人夫婦などあまりに個性的な乗客たちが語られ、定番的な密室劇パニック・ホラーの約束事を貫いていく。しかし本作は幽霊という未知なるモノが登場し、被害者が慄いた時に、初めて観客に新鮮味を提供することになるだろう。それが幽霊の非攻撃性である。
ジャパニーズ・ホラーはほとんどにおいて幽霊が物理的な攻撃を仕掛けてくることなく、呪い殺すという展開を見せており、被害者と加害者(幽霊)という構図がはっきりしていたが、本作は似て非なる作品であった。というのも本作の幽霊は物理的攻撃をしかけてもこないし、呪い殺したりすることもしない、いや、できないのである。
本作において登場人物に脅威を与えるのは、幽霊であるが、その被害者の人物たちは、幽霊の姿に慄き、発狂し、ついには誤って、あるいは意図的に乗客を殺してしまう。そして暴力の連鎖はやむことなく、家族や知人、罪なき人たちが殺し合いを繰り広げるのである。そうした殺し合いを誘発させるのは言うまでもなく幽霊たちであり、本作の一つの魅力は、そうした知的な幽霊たちの巧妙かつトリッキーな「殺し合いのさせ方」にあると言ってよい。賢い幽霊たちの「騙し」は観客を欺き、登場人物を焦らせ、罪悪感を提供し、新たな暴力と虚無感を生み出すだろう。筆者の知る限り、そうした展開や幽霊の描き方は従来の密室劇パニック映画には見られないものであった。
強いて挙げるならば、日本の怪談映画であろうか。日本の幽霊は、しばしば被害者を殺した加害者の前に幽霊が現れ、その幽霊を見て発狂した加害者が親しい人間を誤って殺してしまい、罪悪感や新たな罪に悩まされ、自滅していくという展開を好む。そうしたトリックと幻想は『ゴースト・フライト 407便』に近い。
このことを踏まえれば、本作は「怪談+密室劇パニック映画+ジャパニーズ・ホラー」という古今東西のホラー映画の約束事をブレンドさせた無国籍映画と言えるかもしれない。その意味で本作の観客は、非常に奇妙かつ新鮮味に溢れたホラー映画という印象を受けるだろう。しかも本作はそうした幽霊を見て発狂した人々の殺し合いを「感情的な人と理性的な人との対応の違い」という道徳的価値観に絡めて描いているという点で興味深い。利己主義的で感性的な人物は、人々を襲う加害者となり、理性的な人々は、幽霊の非攻撃性に気付き、理にかなった解決策を導き出す。しかしその計画は感性的で利己主義的な人間に阻まれ、彼らは苦悩し、ついには自らも暴力を行ってしまう。そこに理性的であるが故の罪悪感が生まれるという構図になっていた。この道徳的戒めを暗喩的に表現したかのような加害者と被害者の構図は、幽霊を見た者が発狂して無実の人々を殺してしまうという怪談的展開と見事に一致していたように思われる。
本作は従来のパニック映画のようにモンスターが襲ってくることもせず、Jホラーのように呪い殺すこともせず、怪談的な幻想と暴力の連鎖を恐怖とした新感覚の密室劇パニック・ホラーなのである。ホラー映画のファンも従来のJホラーに魅せられた人もタイ発の『ゴースト・フライト 407便』には様々な意味において驚かされるに違いない。
後藤弘毅
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■