
短歌研究2026年1+2月号は第2回「定家賞」発表号。川野芽生さんの第二歌集『星の嵌め殺し』が受賞なさった。ちなみに定家賞の趣旨(選考基準)は「短歌という文学の可能性を広げ、深化させ得た短歌歌集作品とその作者を顕彰するものである」「第二回の対象は、「選考会の前年四月一日から当年三月三十一日までに刊行された歌集作品(作者の第二歌集以降の作品)」とした」が主なもの。第二歌集以降が選考対象なのでかなりの程度作風がわかっていて、かつ新たな短歌の可能性を切り拓く可能性のある作家・作品に与えられる賞である。
川野さんは平成三年(一九九一年)生まれ。歌集『Lilith』のほか短編集『無垢なる花たちのためのユートピア』、小説『奇病庭園』『Blue』、エッセイ集『かわいいピンクの竜になる』、評論集『幻象録』『見晴らし台』『AはアセクシュアルのA 「恋愛」から遠く離れて』などを刊行しておられる。短歌がホームグラウンドなのだろうが小説やエッセイ、評論家としても実績を重ねておられる作家である。
ぼくたちは珍種の蘭と定められ 交配のしかたなんてわすれた
川野芽生『星の嵌め殺し』三十首抄より
短歌・俳句は一つずつは短い表現なので五十首(句)くらいの応募作品から選ばれる新人賞では作家の表現主題がわかりにくいことがある。しかし歌集・句集になると必ずと言っていいほど作家の資質が露わになった作品がある。
「ぼくたちは」は言語表現としては歌集『星の嵌め殺し』を代表する歌ではない。しかし川野さんの生地がよく出た歌である。大変乱暴な言い方をすればアンドロギュヌス(両性具有)幻想。性の未分化状態だとも言えるしプラトン的に人間存在の理想と言うこともできる。前者に比重を置けば未成熟。後者に比重を置いて考えれば高度に観念的。ただ人間存在が未成熟と観念(理想としての文字通りのイデア)にクッキリ分かれるはずもなく、文学者であれば両者の間を往還することになる。
なお未成熟/観念往還は自由詩では一般的である。それが自由詩の一種の〝社会性〟でもある。自由詩は日本文学における前衛を宿命づけられているからである。未成熟かつ浮世離れした観念だろうと世界の変化に合った言語表現を生み出すことを求められている。しかし短歌の社会性は違う。意欲的作家には未踏の表現を開拓するアヴァンギャルドではなく根源的かつ前衛的ラディカリズムが必要だ。
■坂井修一 第二回定家賞選評「羽衣と勇気」■
羽衣とともに手にせりいましばし地上に残るための勇気を
嵌め殺しの瞳を一生嵌めたまますれ違ふひともけものも星も
川野は、こんな不穏な心を持ちながら、沈黙と暴露を繰り返す。そこにある痛々しい美は、異次元の快楽として読者に示されもする。
しかし私は、この人の中に、森の奥の泉のような静謐で調和に満ちた領域があるのを感じる。それゆえに、現実世界の喧騒や不協和が厳しく相対化されるのを。
川野の羽衣がいつまでも美しく、その勇気がいつまでも力強いものとしてあることを祈る。
■俵万智 第二回定家賞選評「怒りの人、言葉の人」■
無垢といふしづかな意志のなかにゐて白きドレスをましろく洗ふ
蟻あらば蟻食ひはゐてことばあらばわれら細き口吻もて集ふ
たくさんある星は、こんなカラクリで見えているだけかもしれない。人間は言葉を紡いでいるつもりだけど、言葉に手繰られているのかもしれない。昨今のSNSの状況を重ねることもできそうだ。
私は私の読みかたで魅了されたので、この歌集を推した。正直言って、聖書などの理解のないままヨーロッパの美術館を訪ねるような不安はあった。でも、背景を越えて普遍性を持つ歌は強いと思う。確かな怒りと言葉を受けとった。
■穂村弘 第二回定家賞選評「「ほんたう」の世界」■
合はせ鏡を空に散らしてほんたうは夜空にひとつしかない星よ
求婚者を鏖にする少女らに嵐とは異界からの喝采
竹取物語のかぐや姫には「求婚者を鏖にする」意図はなく、最終的には自らが「異界」に去った。だが、そのすべてを持たずに現世に留まる「少女ら」はどうなるのか。「異界」には社会制度としての婚姻は存在しないのか。そこでは「求婚者」こそが別世界のオーラを帯びた怪物なのか。
日常や社会を貫いて摂理への問いかけに向かうと云いつつ、その論理の軌跡を追い切れずにワープしたように見える歌もあって特に惹かれた。
選考委員の坂井修一、俵万智、穂村弘さんの選評である。みなさん川野さんの歌をたくさん引用されているが重ならないよう二首ずつに絞った。選評は割れることも多いが今回はほぼ一致している。超観念的で美しいが危ういということである。まあオジサンオバサンが読めば(失礼、ただわたくしも立派なオジサンの一人なので)そう感じるでしょうね。このまま行ってほしいがそれは可能なのか、あるいはこの作風で行くのは正しいのかどうか。それは川野さんという作家にしかわからないので高い完成度を示す『星の嵌め殺し』を評価しますということだろう。結局すべては作家次第。外野は暖かくも冷たく見つめているしかない。
蜜蜂の群れかこころは 顫へつつひかりのなかに泛んでゐたり
紙のふちが指を啄む夜の森にことばを追へば立ち迷ふのみ
月はつね半月、地球もまた、ひとはひかりを阻む器官を持てり
夏果よ螢を見たることのなきわが双眸を螢と呼ばむ
深閑とわれらのつひに行かざりし魔法学校に初霜の降る
みづからのはてへ出で立つ船旅に魔法使ひのながき沈黙
魔法使ひが魔法をまるで使はないながい物語を読み返す
塹壕熱に臥したるひとの始めたるフェアリー・テイルに都は落ちて
かなしみてあなたはあなたの中にある魔法学校を閉校したり
楽園の外に降る雪 イヴの眼にはじめての雪の美しさはや
雪生るる天の深みを知らざれば楽園の天使たちの饒舌
われより昇りわれへと沈みくる月の切つ先、ときに肋を掠る
雪はいまおほいなる繭を紡ぎをりわれらはひとつとなりて羽化せむ
ユートピアからの便りをされどなほ受信してゐるから水仙は
川野芽生「事実と魔法」第二回定家賞受賞後第一作五十首より(短歌研究2026年3+4月号)
短歌研究2026年3+4月号には川野さんの第二回定家賞受賞後第一作五十首「事実と魔法」が掲載されている。作風は安定している。『ハリー・ポッター』や『指輪物語』を題材にした歌もあるようだが原典にインスパイアされたというより川野さんが抱える観念に合致した部分を抜き出している気配だ。非常に上手く繊細なので広義の引用を感じさせないがそれらが言語的に歌の膨らみを増している。空虚なわたしに世界が入り込むのではなく濃密なわたしに外部が取捨選択されている。徒手空拳で世界にポツンと立ったらどうなるんだろうとちょっと思ってしまいますね。
鶴山裕司
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