一.矢野顕子
呑む時の肴にはこだわらない。なくてもいい。悪ぶってみせるなら、どうでもいい。その感じは食べ物全般にある。自分への御褒美として、高額かつ盛りの少ない蕎麦や、大切な人にプレゼントするような贅沢スイーツを求めることは殆どない。全然、ではなく「殆ど」。そう、少し隙間がある。例えば豚まん。もちろん何でもいいわけではなく、数字三文字が冠されている大阪名物のアレ。一番近い店舗が滋賀なので、関東圏在住者的にはレア。通販はあるけれどソレはソレ。やはり出来たてを頬張りたい。となると、残る手段は出張型催事イベント。近くのデパートで販売するチャンスを待つのみ。期間は約一週間。ただ週末は混雑間違いナシなので平日がベター。そんな機会がつい先日あった。
デパートの「全国味の逸品会」というイベントを目指し、平日の昼下がりにノコノコと池袋へ。わざわざ並んでまで食べたいモノなんて、本当にこれくらい。約六十店舗出店する中で、唯一の整理券配布。もう覚悟は出来ている。文庫本一冊携えて、いざ催事場。結果は約二時間待ち。大丈夫、想定内。ただスペースがないので、皆さんその場にはいない。あら、想定外。てっきり並ぶものかと……。で、QRを読み込んでLINE登録すれば、順番が近付くと呼び出してくれる、とのこと。これまた想定外。ハイテクやねえ、と呟きながらまだ陽が高い池袋の街へ。まあ列に並ばされるよりマシか、と向かったのは北口の雑居ビル。この四階には「Y」という中華食材屋があり、小さいながらフードコートもある。平日昼なのでゆったりムード。日本語はほぼ聞こえない。食材屋で買った安い缶ビールを持ち込んで席を確保。先客は二、三名。四川、上海等々ある屋台から、台湾系の店を選び魯肉飯をオーダー。良い意味でワイルド&チープ。そして、そこはかとないトラベル感。文庫本の存在も、時間が余ることも忘れて一気に完食。一瞬、池袋に来た目的を見失う。
家でコーヒーを飲む時期がたまにくる。専用のマシンもあるのに、少し経つとなぜか飲まなくなる。不思議だなと思うのは、飲んでいる時期だから。飲まなくなれば、飲んでいたことを不思議だと思っている。
わざわざコーヒーを用意してまで聴きたいアルバムは、一時期熱心に聴き込んだものばかり。年寄りじみているが仕方ない。それがノイジーなハードコア・パンクでも、静謐な弾き語りでも、ゆったりした時間が流れていく。今夜は後者。矢野顕子のピアノ弾き語りアルバム『ピアノ・ナイトリィ』(’95)。提供曲やカバー曲中心なので、想いがあちこちに飛躍する。個人的白眉は、友部正人~小坂忠~細野晴臣のカバー曲の流れ。原曲だと隠れがちな情動が、静かに晒されていく。
【愛について / 矢野顕子】
二.ゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラー
肴は無くてもいいけれど、酒オンリーで許してくれる店は少ない。なので大抵、角打ちでは6Pチーズ。長所は安定した味。時間も場所も選ばない。何なら酒も選ばない。無意識に口へ運んでも邪魔にならないし、ちゃんと向き合っても損はさせない。実は昭和10年発売のロングセラー。かつては学校給食にも採用された実力派。噛み応えアリ。チーズといえば先日、久々に神田の居酒屋「T」を訪れた際、「チーズレタス」300円をオーダー。聞き慣れないネーミング。来てみると、皿の真ん中にドーム状のレタス、その円周にチーズという映え系。しかもマヨ付き。数年ぶりの店内にメートル上がった諸先輩方の声が飛び交う中、お通しのキャベツと共にヘルシーなひと時を。店を出た後も、しっかり残るチーズの後味が想定外に旨かった。
『ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR』(’76)は、昭和を駆け抜けた有名暴走族「ブラック・エンペラー」を取材したドキュメンタリー映画。そのタイトルをそのまま名前にしたカナダの大所帯バンドが奏でる楽曲は重く、美しく、長い。一曲が二十分を越すこともしばしば。ざっくり言えばスローでノイジーなインスト。モグワイやシガー・ロス、またはブライアン・イーノのように遠くで鳴らすことが多い。音というより、空気の粒。皮膚に浸透する感じ。ただ彼等はとても文学的。噛み応えがあり過ぎて、ちゃんと向き合う時は準備と覚悟が要る。三枚目『ヤンキー・UXO』(’02)のジャケット裏面で、大手レコード会社と軍需産業の関係性を「告発」した彼等だが、自分たちもその構造の一部だという「告白」も忘れない。好みは分かれるけれど、後味はしっかり残る音。
【 Motherfucker=redeemer, Pt. 1 】
三.ジェームス・テイラー
先日、高円寺から少し離れた場所で、昼から呑める店「A」に初入店。先客ナシ。二階のウッディーな店内は落ち着く造り。窓から入る風が心地よく、思わずオーダーを忘れるほど。予定のない夏休みの午前中みたい。我に返って頼んだ肴は、海苔チーズ150円。アレだと思っていたから吃驚。海苔は韓国海苔、チーズは薄いスライスタイプ。どちらも想定外。そしてこれが4枚。素晴らしい。くるりと巻いて食べながら、チューハイで喉を潤す。是非とも夏に来たいけど、駅からの道中で汗ダク間違いなし。
今年は五月から暑くなるらしい。毎年冷夏希望なので、予想が外れることを祈り続けている。涼やかな音楽を、と考えてまず浮かんだのがジェイムス・テイラー。前述の『ピアノ・ナイトリィ』でも取り上げている名シンガー。浮かべておいてアレだけど、自信がなかったので即確認。久々だったこともあり、思わず数枚連続で楽しむことに。初期はデビュー作『ジェームス・テイラー』(’68)以降、どのアルバムも粒揃いの楽曲に恵まれているが、個人的にはブルージーが気持ち薄まった6枚目『ゴリラ』(’75)が好み。夏木マリもカバーしていたタイトル曲をはじめ、どの曲も程よくリラックス。エアコンとは言わないけれど、扇風機、いや団扇程度には涼しくしてくれそう。
【 Gorilla / James Taylor 】
寅間心閑
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