一.ベン・シドラン
雑に、という訳では決してないが、何気なく聴いてしまう回数が年々増えてきた。下調べをして耳を整えておくことも少なくなったし、どこかに気に入るタイミングがないかと貪欲に、それこそ一回目から擦り切れんばかりの熱意で臨んだのはいつが最後だっただろう。無論、アルバムの話、というか新譜の話。たとえ半世紀前のアルバムでも、初めて聴くならそれは新譜。ほら、この世は新譜で溢れている。サブスクなんてのはさ、と愛好家ぶりたいならその辺りを反省しないと。いや、別にぶりたくないから、まあいいか。
膨大な量の新譜だけど、そこからチョイスする時は、やはり好みのミュージシャン、もしくはプロデューサーなど、以前より信頼している「既知」から選びがち。本当、なかなか「未知」には手を伸ばさなくなっている。ただ「既知」を「未知」のように聴くというケースもアリ。分かりやすいのは映画のサントラ。ラロ・シフリンやミシェル・ルグランは「既知」だけれど、彼等が手掛けたサントラを聴く時の耳は、自然と「未知」用でスタンバイ。ハル・ウィルナーがプロデュースした各種トリビュート盤もそう。予想がつかないだけ、と言えば身も蓋もないが、もちろん全てのトリビュート盤やサントラが該当する訳ではない。結局好みでしょって? それを言っちゃあ、ねえ。
「ドクター・ジャズ」と呼ばれるベン・シドランも、「未知」感の強い「既知」の音楽家。ジャズやロック、ポップスといったジャンル間を行き来し、本来の意味としてのフュージョンを聴かせてくれる。個人的には大仰過ぎず、どこか力の抜けた感じが洒落ていて好み。フレンチ・ポップスの歌姫、クレモンティーヌとのコラボ盤(’11)や、ブレッカー・ブラザーズを従えたライブ盤『アット・モントルー』(’78)、またユダヤ教の礼拝音楽を取り上げた『ライフ・イズ・ア・レッスン』(’93)など、作品の幅は広く、聴き返す度に微かな発見があるところも贅沢。今日は七枚目の『ア・リトル・キッス・イン・ザ・ナイト』(’78)を聴きながら。
呑み屋、特に立ち飲みや角打ちでの肴はあまり変わらない。角打ちを五軒ハシゴした結果、全ての店で6Pチーズを頂いていることもアリ。ビールならそれで無問題だが、熱燗だと少し欲が出る。刺身、おでんもいいけれど、ここ数年は揚げ物と合わせたい。本当はトンカツがベスト。でも店を選ぶのでアジフライに頼りがち。結果、その魅力を再発見。評判の店をチェックしたりもする。先日訪れたのは八丁堀の居酒屋「K」。色々とハプニングが重なり、少々汗ばみながら暖簾をくぐった。そのため熱燗ではなく瓶ビール。肴はもちろんアジフライ、しかも二枚。女将さんの溌剌かつ丁寧な対応に、この時点で再訪確定。揚げる前に「今日はこんなのですけど、いいですか?」と鯵を見せていただけたし、ソース、辛子醤油、タルタルで迷っていると笑いながら「全部つけとくわねえ」。優柔不断を恥じつつカウンターで待つこと数分、出てきたアジフライは絶品。衣食べてんじゃないんだから、という言葉どおり揚げ具合絶妙。あら、こんなの初めて。正に「既知」なのに「未知」。一枚三百円が嘘みたい。山盛りキャベツも有り難く、しばし夢心地のまま堪能。近いうち、またお世話になります。
【 Kiss In The Night / Ben Sidran 】
二.スムーシュ
呑み屋の外観についての好みはあるが、良さそうだと思って入るとアララというパターンも多く、あくまでも参考程度。好きなタイプのひとつは、暖簾の下から立ち飲み客の足が見えているパターン。特に大阪の地下街で見かけるあの感じがとても好き。実はあれが立ち飲みに惹かれた一因でもある。即ち初期衝動。あんな雰囲気のお店が、新宿のサブナード辺りに出来ますようにと長年祈っている。そんな憧れの大阪より老舗の立ち飲み屋「T」が、有楽町に進出との一報が。場所は交通会館の地下。おお、外観的にはとても好み。初期衝動、発動。カウンターは椅子アリなので、暖簾の下の眺めは違うが迷わず入店。大瓶とポテサラを頼んで気付いたことは、木製のカウンターの安心感。「未知」の店なのにまるで「既知」。
スムーシュはアメリカの姉妹ユニット。姉のアーシャは歌と鍵盤、妹のクロエはドラム。デビュー盤(‘04)当時の年齢は十二歳(!)と十歳(!!)。歌声だけでなく全体的に舌足らずな質感だけど、それが甘い方向に向かないところが「未知」。演者の意識とはズレるだろうけど、感じるのは正統的な初期衝動。全ての「足らず」が良い方向に作用している。ちなみに姉が二十歳の時にユニット名を変え、現在も姉妹で活動継続中。
【 Free To Stay / Smoosh 】
三.ザ・クロマニヨンズ
先日、久々に阿佐ヶ谷のバー「B」に顔を出すと何と改装直後。以前の雰囲気は残しつつ進化、という最高の出来。ヒューガルデンの生を呑みに通い始めてから幾星霜。その夜もマスターと何だかんだで盛り上がり、近日下北で呑む約束を取り交わす。あら、こんなの初めて。決行当日、いつもカウンターの向こうにいる人が隣にいる「未知」を楽しみつつ、結構痛飲。これからも末長くお願いいたします。
自主制作シングル「人にやさしく」(‘87)がパンク雑誌「DOLL」で酷評された頃から三年ほど、ブルーハーツ(‘85~95)を追い続けていた。その前から好きだったケラ(現ケラリーノ・サンドロヴィッチ)率いる有頂天とは別の部分、いや反対の部分を強く刺激され、一気にのめり込んだ。その経験のせいで、ハイロウズ(‘95~05)にもクロマニヨンズ(‘06~)にも何だか乗り切れないまま数十年。そして今、正確には数ヶ月前からようやくクロマニヨンズが奥の方に響いてきた。理由は明解。十三枚目のアルバム『パンチ』(‘19)がとても良かったから。超「既知」だからこそ、ハマれば早い。現在、聴いていなかった時期の「新譜」を堪能中。
【生きる / ザ・クロマニヨンズ】
寅間心閑
■ ベン・シドランのCD ■
■ スムーシュのCD ■
■ ザ・クロマニヨンズのCD ■
■ 金魚屋の本 ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■