一.ニール・ヤング
しばらく顔を出していない店の動向をネットで調べる。便利になったもんだと毎回思う。令和の世に何をと笑われても仕方ない。本当に便利だもの。直近に訪れた方のブログやツイッターにヒットするのは大当たり。おお変わらずやってるな、と安心してまた足が遠のいたり。逆に店側が発する情報はどこか物足りず、でもそっちの方が気に掛かり、数日後に訪れたり。まあ仕方ない。人間だもの。これが予約サイトくらいしかヒットしないと、ちょっと雲行きが怪しくなってくるが、大抵調べたいのは、そういうものとは縁遠い店。なので、最終的にはあの大型グルメレビューサイトにたどり着く。「閉店」の表記があれば、ああそうだったかと肩を落とすのみ。意外と厄介なのが「掲載保留」というヤツ。経験上、閉店している場合が殆どだが、どこをどう間違えられたのか普通に営業しているパターンも幾度か経験アリ。何とも言えないのは、とっくに閉店しているのに「掲載保留」になっているケース。人に喩えるなら成仏しきれていないというか、特に信心深くもないくせに何だか引っかかる。
神田の立ち飲み屋「Y」も、件のレビューサイトで現状を知った店。昔から懐に優しく、付近を通る度に寄っていた。印象深いのは特に酔ってもいないのに、何故か支払わないまま帰ろうとしたこと。店の人から「お客さん、お勘定」と追いかけられたのは、あの一度きりだけ。きっとキャッシュオンと勘違いしていたに違いない。その場で謝罪し支払いを済ませ事なきを得たが、それでも無銭飲食未遂。一気に酔いが覚めた。そんな忘れ得ぬ店だが、昨年のある日、一帯で工事が始まり飲み屋街ごと解体へ。どうするのかなと思いながらも数ヶ月。御時世柄、色々大変なのではと気を揉みながらサイトを覗くとーー「移転」。ホッと胸を撫で下ろし、近場だったので早速訪問。前よりも雰囲気のある店構えと、前と変わらぬ懐に優しい価格帯。250円のチューハイと100円の梅キューでスタート。無料のお通しはあるし、申し訳ないくらい。お勘定の際、ママさんから「初めてじゃないよね?」と尋ねられ、ハイと頷くと「だよねえ」と。多分未遂事件は忘れているだろうけど、ただでさえ安いお代を更に安くしてもらい、嬉しいやら申し訳ないやら。必ず近々伺います。
動向を気にするほどファンではないが、0年代迄のアルバムは殆ど聴いている。監督・主演のカルト・ムービー『ヒューマン・ハイウェイ』(’82)も観た。これはディーヴォ目当てだったけど。彼こそ孤高の人、ニール・ヤング。ここ数年、ほぼ毎年(!)リリースしていたのは知っていたが手は伸ばさなかった。特に理由はない。それがつい先日、ひょんなことから久々耳にした。『ヤング・シェイクスピア』(’21)。いいタイトル。オリジナルではなく、未発表ライヴ音源シリーズだが、それが良かったのかもしれない。一曲目の「テル・ミー・ホワイ」のイントロが始まった瞬間、思わず「おお」と声が漏れた。多分一番聴いたアルバム、ソロ三枚目『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』(’70)の一曲目もこれ。期せずして再会。発売直後のライヴなので、あの聴き馴染んだ声であることに対しての「おお」。ライヴ盤なので当然オリジナルとは間合いが違うことへの「おお」。そしてそんなことに気付いた自分への「おお」。あのアルバム、よく聴いたからなあ。通学路で、ウォークマンで、40分テープで。
【 Tell Me Why / Neil Young 】
二.小坂忠
訃報を聞いてその作品を聴く、というタイミングは少ないに越したことがない。いざ書いてみると少々自信を失うが、きっと越したことがない、はずだ。でも先日、そんなことがあった。嬉しくない「期せずして」。久しぶりに聴いたのは、小坂忠の四枚目『ほうろう』(’75)。とてもバランスの良いアルバムだが、それに気付くのは少し経ってから。収録曲を小沢健二(「しらけちまうぜ」)や矢野顕子(「機関車」)がカバーすることで聴き方を学び、じんわりと好きになっていった。陳腐な言い方だが、今聴いても全く色褪せない一枚。個人的なツボは豪華メンバーによるバックの演奏と、ソングライター・細野晴臣の才能。唯一最初から好きだったタイトル曲は、歩くテンポとして最適。
長らく御無沙汰だったので不安になる店もある。覚えているかな、という酒呑みの甘ったれだけど仕方ない。居心地いいんだもの。茗荷谷の「K」では角打ちなのについつい長っ尻。先日久々に顔を出した時は、ママさんの「あら、今日も楽しい恰好して」という一言でリラックス。聞けば前日お友達と、近所にあるイスラム教の寺院を訪れたらしく、「近くなの? すごい偶然ねえ」「本当ですねえ」と期せずして盛り上がり、御無沙汰を忘れさせて頂いた。此方では大瓶がすぐに空く。
【ほうろう / 小坂忠】
三.sakana
一聴した結果、長らくそれきりになる音楽も当然ある。実際それが今生の別れとなる場合もあれば、期せずして再び聴いた結果、不思議なくらい必要になる場合もある。最近の後者の代表格は、SAKANAのアルバム『BLIND MOON』(’00)。シンプルな音の組み合わせなのに、どうしてこれだけ複雑に響くのだろうと首を傾げながら聴いている。歌詞の伝わり方も不思議だ。言葉として入ってくるのではなく、音に紛れてくる感じ。無音の角打ちや、広いのに客がいない居酒屋で流れていてほしい。思い浮かぶのはジョニ・ミッチェル。どちらも美しくて、仕組みがよく分からない。
先日、仕事終わりに電車の中から見かけたのは、武蔵新田の駅近くの角打ち「I」。創業百三十年の超老舗。以前夜に一度訪れた記憶がある。これも何かの縁と決め、立ち寄ると先客一人。大瓶に6Pチーズという個人的定番組み合わせで、店の外を眺めながらリラックス。期せずして視界を横切ったのは、自転車に乗った女学生とおばあさん、そして東急多摩川線。
【 Blind Moon / SAKANA 】
寅間心閑
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